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葬送・終活支援ソーシャルワーカー吉川美津子「生と死の福祉学」第3回

“気がついたら亡くなっていた”は不幸なのか「家族揃って死の宣告」が理想とされる違和感

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「Getty Images」より

 社会福祉士の吉川美津子です。福祉といっても、高齢者・障害者・児童・地域・低所得者等、さまざまな領域があり、社会福祉士は日常生活に課題を抱えている人などに対し、社会資源を活用して相談・支援を行うことを業としますが、私は「生」と「死」の間に大きな狭間があることを課題として掲げ、「生」と「死」をつなぐ支援に着目して活動しています。長年、葬儀業界に身を置いてきた経験と、現役の福祉職としての現場の実情を踏まえ、実際の事例を紹介しながら、情報をお伝えしていきたいと思っています。

家族が揃ったところで「死を告げる」

 中村朝子さん(仮名:65歳)は、ある病気で障害福祉サービスを受けながら、在宅で、息子の良一さん(仮名:40歳)と2人暮らしをしていました。四肢麻痺、経管栄養(胃ろう)の状態が2年ほど続いていましたが、数週間ほど前から容態が安定せず、医師は医学的見地から回復の見込みはないと判断。看取りの対応の検討が必要となり、医師、看護師、ケアチームと協働で計画書を作成しました。

その日の朝も、いつものように良一さんは訪問介護のヘルパーにバトンタッチし、勤務先の会社に出社します。朝子さんの状態が急変したのはその日の午後でした。ヘルパーはいつものように、昼すぎにトイレ誘導し、昼寝タイムで臥床。1時間ほどたって声を掛けました。

「朝子さん、そろそろ起きましょうか」

 しかし朝子さんからの返事はなく、ヘルパーは訪問診療、訪問看護、それぞれに容態急変の連絡を入れます。到着した医師、看護師、それぞれの顔が曇ります。

 勤務先にいる長男と、1時間ほど離れた場所に住んでいる長女に連絡を入れ、状況を説明。「このまま穏やかに逝かせてあげたい」という2人の意思を再確認し、医師、看護師、ヘルパーの3人は、朝子さんの手を握ったり声掛けしながら家族の到着を待っていました。

 最初に到着したのは、隣町に住む朝子さんの妹、続いて「ちょうどお母さんの様子を見に行こうと思っていた矢先の連絡だった」という長女が到着。営業先を回っていたという良一さんが到着したのは、ヘルパーが連絡を入れてから2時間ほどたってからのことでした。

 家族が揃ったところで、動かなくなった朝子さんを前に、医師は、死の三兆候(瞳孔反応停止、呼吸停止、心停止)を確認します。

「○時○分、お亡くなりになったことを確認しました」

 そう告げて、朝子さんは家族に看取られて旅立ちました。

死の瞬間は、医学・法律上定義されたもの

「最期は自宅で看取るつもりで付き添っていたのに、その日に限って出かけてしまって、看取ることができなかった」

 自宅で看取りを決心した家族から、このような声を聞くことは決して珍しくありません。一晩中付き添ったとしても、「その瞬間」には立ち会えないこともあります。

 朝子さんも、おそらく家族全員が揃う頃にはすでに息が絶え、心停止していたと思われます。到着を待つ間、医師は少し離れて、視診で頸動脈の動き等を確認していましたが、看護師と目を見合わせ厳しい表情をしていたので、先に到着していた家族も覚悟を決めていました。

「家族の臨終に間に合うことの意義や負担に関する研究」(2018年、九州がんセンター緩和ケアチーム:大谷弘行)によると、このように、呼吸が止まったときには家族はいなかったが、医師の死亡確認は家族が揃ってから行った、というケースが54%程度あったとの調査結果があります(全調査対象は133例)。

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