一方で、テレビ番組で詳しく取り上げられることはまだそれほど多くはない。これは、パラリンピックの放送権を購入しているのがNHKだけで、民間放送が購入していないために、オリンピックに比べると露出が少ないことが背景にあるかもしれない。
今回のチケット抽選申し込みの結果は、現時点でのパラリンピックの盛り上がりの状況を示している。それだけに、関係者は年明けに予定されている二次抽選申し込みや大会本番に向けて、盛り上げるためのさまざまな取り組みを進めていくだろう。
浸透しつつある「パラリンピック教育」
では、日本人のすべての年代が、パラリンピックを観戦することに対して関心が薄いかというと、そうではないと感じている。小学生を中心とした10代以下の子どもたちは、それ以上の世代よりもパラリンピックやパラスポーツを理解しているのではないだろうか。
その理由の一つに、「パラリンピック教育」がある。日本財団パラリンピックサポートセンターと日本障がい者スポーツ協会、日本パラリンピック委員会、ベネッセこども基金は、子どもたちにパラリンピックの魅力を伝えるための教材「I’m POSSIBLE」の日本版を共同開発した。
これは、もともとアギトス財団が開発した国際パラリンピック委員会の公認教材。日本向けにアレンジした小学生版が、2017年4月に世界に先駆けて導入された。教材と教員用の授業ガイドは無料で配布されており、2019年5月には全国の小・中学校、高校、特別支援学校の合わせて約3万6000校に配布されるなど、教育現場で活用されている。
「I’m POSSIBLE」の名前に込められているのは不可能(impossible)だと思えたことも、少し考えて工夫することで可能になる(I’m possible)というメッセージ。教室で行う座学と、パラスポーツを体験する実技があり、多くの児童や生徒が、ボッチャなどのパラスポーツを体験している。
パラリンピック教育以外にも、開催地の東京都や、競技が開催される自治体などでは、学校や地域でパラスポーツを体験できるイベントを開催して、パラリンピックの魅力を伝える取り組みが進められている。これまでにかなりの人数の児童や生徒が、何らかのパラスポーツを体験したことがあるのではないだろうか。車いすや義足を使うことの難しさや、パラアスリートの能力の高さを知ることで、ポジティブなイメージで障害者のスポーツをとらえているようだ。
実際、イベントに訪れている子どもたちに話を聞くと、「パラリンピックを会場で見たい」という言葉が返ってくる。開催自治体の児童らは学校単位で観戦に行く機会がつくられる可能性が高いが、それ以外でも家族と一緒に会場に足を運ぼうと考えれば、チケットの販売にも結びつく。
実際に家族全員で観戦しやすいようにと、組織委員会は「チケットの価格は国際大会としては格安」の設定にしていると話す。チケットが完売したロンドンでも、入場者の75%が家族連れだったという。「フルスタジアム」への鍵は、パラリンピックの魅力を知る子どもたちにあるといえそうだ。
障害のある選手たちが魅せるハイレベルな競技力と、一人ひとりのドラマは、オリンピックとはまた違った魅力がある。すべての世代がパラリンピックを見ることで、障害がある人に対する日本の社会の考え方は大きく変わるはずだ。「パラリンピック教育」を受けていない世代も、子どもたちと一緒に会場に足を運んでみてはどうだろうか。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)