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“腐蝕企業”関西電力…公益企業を私物化した歴代経営陣の「飽くなき人事抗争」

文=有森隆/ジャーナリスト
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<小林氏が「財界筋からも、関西電力の中に不協和音が流れていると指摘されています。社内に業務の遂行に困難な状況が生まれているのは確かで、全社員がうって一丸となれるよう、多少早いのですが、新役員の人事を決めたいと思います」と趣旨説明を行うと、隣の席の芦原氏が(小林の)言葉をさえぎるように発言した。「慣例にないことだ。こんなもの違法ではないか」口調は淡々としていたが、興奮のあまり腹が大きく波打っていた。つづいて内藤氏が「ちょっと待て、小林。大恩ある人をこんな目にあわせて、お前、それでも人間かッ!!」と怒鳴ったが、小林氏は少しもひるまず「どうせ、キミがそのぐらいのことをいうのは覚悟しとったよ。動議に賛成の人は手を挙げ続けてください。事務局、数えて」と採決を促した。賛成したのは出席した二八人中二二人。圧倒的多数で可決された>

 哀れをとどめたのは、芦原の娘婿である社長の森井清二だった。社長という経営トップの座にありながら、クーデターでは蚊帳の外に置かれた。小林が事前に計画を知らせて固めた票は一八人だったが、計画が漏れるのを防ぐために森井には知らせなかった。

 内藤によると「積極的に手を挙げたのは小林氏の腹心の宮崎勇専務、秋山喜久、吉山文雄取締役の三人ぐらい。あとはみな、うつむいたまま手を挙げていたし、途中から手を挙げた者も何人もいた」という状況だったらしい。取締役会に向かう廊下で初めて小林からクーデター計画を知らされた森井は唖然とし、会議中は青ざめたまま。採決は棄権したという。

“関電の二・二六事件”では、当事者たちが自分の正当性を主張するために、メディアに積極的に登場した。社長の森井は事件について沈黙を貫いたが、芦原、内藤、小林の“三人衆”は饒舌だった。上がしゃべるから下もしゃべる。口を閉ざしていた幹部社員から「私物化」「恐怖政治」といった批判の声が噴出した。関電の恥部が天下にさらされた。

「ボクは老害なんて言われてことはないんだ」

 関電のドン、芦原義重はしゃべりまくった。「文藝春秋」(一九八七年五月号)に「飼い犬に手を咬まれるの記」を寄稿した。当時、御年八六歳。六四歳の小林を新人類と切って捨て、怪気炎を上げた。

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