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江川紹子の「事件ウオッチ」第137回

記者の旅券を剥奪、質問の“事前検閲”…取材の自由をコントロールする日本政府の危険性

文=江川紹子/ジャーナリスト
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亡くなった杉本祐一さん(YouTube「パスポートを返せ!杉本祐一の闘い」より)

 一人のフリーカメラマンが、ひっそりとこの世を去った。杉本祐一さん、享年62。朝日新聞の訃報によれば、先月25日、胃がんのため亡くなっていた。

旅券剥奪による取材規制

 過去の様々な報道によれば、杉本さんが紛争地の取材を志したのは1994年。友人とボスニア・ヘルツェゴビナを訪れ、中学生時代にベトナム戦争の映像を見た時の衝撃が蘇ったという。それまで溶接工や猟師など様々な職を転々とし、やりたいことを見つけあぐねていた彼は、一念発起。民宿を経営して資金を貯めながら、パレスチナ、イラク、アフガニスタン、北朝鮮などを取材した。2011年の東京電力福島第一原発事故後、宿泊客が激減して民宿をたたんだ後も、清掃員や婚礼写真の撮影など、いくつもの仕事を掛け持ちし、困難な状況にある地を取材。地元新潟市などで報告会を開くなどして、現地の状況を伝えた。

 こうした地道な活動を続けていた杉本さんの名前が全国に報じられたのは、2015年2月。内戦に苦しむシリアに取材に行く計画を事前に地元紙に報じられ、外務省から旅券(パスポート)の返納を命じられた一件だ。

 この頃、シリアでは自称「イスラム国(ISIL)」が猛威を振るい、1月末には日本人ジャーナリスト・後藤健二さんが殺害される場面がネットで公開されたばかりだった。その前にも、湯川遥菜さんが同様に殺害されており、相次いだ残虐なふるまいに、日本の政府も市井の人々も衝撃を受けた。

 杉本さんは、ISIL支配地域には行くつもりはなく、まずはトルコで情報収集し、状況が許せばクルド軍がISILから奪還した地域を案内するプレスツアーに参加しようと考えていた。信頼していた地元紙からの問い合わせに答え、取材予定を告げたところ、誤ってそれが事前に報じられてしまった。

 それで杉本さんの渡航予定を知ったのだろう、外務省職員が警察官を伴って杉本さんの自宅にやってきて、旅券返納を迫った。杉本さんによれば、「返納に応じなければ、逮捕もありうる」と言われ、やむなく返納に応じたという(外務省側は、この発言を否認)。

 旅券がなくなったため、やむなく取材は断念。その後、新たに旅券を申請したが、交付された旅券には「イラクとシリアでは無効」という制限がついていた。

 本来、行政がこうした不利益処分を課す場合には、本人の言い分を聞く聴聞・弁明の機会を与えることになっている。しかし、返納命令においても制限付きの発給においても、そうした機会は与えられず、いわば問答無用に旅券を召し上げられたのだった。

 官房副長官が外務省幹部を呼び出し、首相官邸の意向を伝えて返納命令の方針が決まるなど、一連の対応は、官邸主導で行われた形跡がある。政府にとっても後藤さん殺害の衝撃は大きく、その直前に安倍晋三首相が中東で行った演説など、政府の対応に批判も起きていた。「また何か起きたらかなわないから、なんとかしろ」といった指示が外務省に下されたのだろう。

 返納命令だけなら、衝撃と混乱の中での極めて例外的な対応ということで済んだかもしれない。しかし、再交付の際に制限をつけたのは、当地への取材には行かせない、という政府の明確な意思表示と言える。

国民の知る権利へも影響

 それまでも、イラク取材を行おうとする記者が、「日本政府の許可がなければビザを出せない」とイラク当局に発給を断られるなど、日本政府が水面下で外国政府に働きかけ、日本人記者の取材を制約していると推測できる事象はあった。杉本さんのケースで、政府が海外での取材規制を、目に見える形で行うようになったといえる。

 杉本さんは、政府の対応は憲法違反、手続き違反などとして返納命令の取り消しなどを求める裁判を起こしたが、東京地裁でも東京高裁でもその主張を認められず、昨年3月に最高裁で敗訴が確定した。

 取材を直接妨害したり、報道を禁じたりしなくても、旅券を剥奪することで、取材機会を失わせる。こうした政府による取材規制に、司法がお墨付きを与えてしまった格好だ。

 しかもマスメディアは、杉本さんが裁判を起こしたことや敗訴したことは淡々と報じるだけで、こうした政府による取材コントロールについての批判的な論評は少なかった。社説で政府の対応を「妥当だ」と言い切った新聞もあった。杉本さんをめぐる出来事が、自分たちの取材の自由にも関わる問題だという意識、悪しき前例をつくることへの警戒心が希薄だったのではないか。

 政府にしてみれば、これが表立った取材規制の成功体験となった。その後、フリーランスの記者が旅券を無効にされたり、交付を拒まれて、取材に行かれないという事態が相次いでいる。

 常岡浩介さんは2019年2月、イエメンに取材に行くために空港で自動化ゲートを通ろうとして通れず、自身に旅券返納命令が出ていることを知らされた。事前の告知もなければ、聴聞・弁明の機会も与えられていない。いきなりの旅券剥奪だった。

 理由は、以前にもオマーン経由でイエメン入りを試みたが、オマーンで入国拒否され、強制送還されたため。常岡さんは、事前に入国ビザは得ていたのに、なぜ入国拒否になったのかわからない、という。19年の時には、オマーンを経由する予定はなかったが、以前の入国拒否が旅券返納命令の理由とされた。

 このため、中東など海外取材を続けている常岡さんは、海外に行くことができず、取材の機会を奪われている。

 安田純平さんの場合は、シリアで武装勢力に拉致・監禁された際、犯人らに旅券を奪われた。無事帰国後、ヨーロッパとインドに旅行するために旅券申請をしたところ、長々と半年以上も待たされ、「トルコが強制退去し、入国拒否している」などという理由で、交付されなかった。安田さんは、トルコからそのような説明は受けていないという。この間、日本政府とトルコの間で、どんなやりとりが交わされたのかはわからない。

 常岡さんも安田さんも、退避勧告が出ている紛争地の取材などで、拉致・監禁されたりする被害に遭った経験が複数回ある。そういう政府の指示に従わない“やっかいな”ジャーナリストには旅券を与えず、国内に”蟄居”させておけば面倒なことにならない、という思惑が感じられてならない。

 大手メディアが現地入りに踏み切れない紛争地の取材は、しばしばフリーランスの記者が担ってきた。そういう仕事は、危険を伴ううえ、多くはたいして金にならず、そのうえ取材先でなんらかの被害に遭えば、日本中から「自己責任」バッシングを受け、挙げ句の果てに政府から旅券を召し上げられて、仕事の機会を奪われる。これでは、こうした仕事を目指そうという若者はいなくなるのではないか。

 そうなれば、紛争地など困難な地域に関する日本の人々の情報源は、政府の公式発表や海外のメディアに限られることになり、国民の知る権利にも跳ね返ってくる。

 旅券剥奪のように、政府による取材のコントロールがはっきりわかる形で行われるのは、氷山の一角だろう。「なぜか日本人ジャーナリストだけにビザが出ない」「なぜかビザが出ていた国から入国拒否される」といったものは、政府の関与の有無や程度が判然としないままだ。

事前に準備された記者会見

 政府による取材コントロールについては、こんな問題もある。

 第2次安倍政権となってからは、首相の記者会見で指名され質問する記者は、事前に決められ、しかも質問内容の提出を求められる。記者クラブに所属するメディアだけでなく、質問の機会を与えられる海外メディアなども、それに応じている。

 記者会見の場は、国民の代わりに、記者がさまざまな問題に関する首相自身の考えや認識、あるいは見識を問う場だ。首相の側からすれば、国民にテストされる場でもある。事前に質問内容を提出すれば、担当部局が模範回答を準備し、首相はそのメモを読み上げることになる。首相の会見といっても、実のところ、私たちは官僚答弁を首相の口を通して聞かされているにすぎない。

 民主主義国家で、このような首相会見が行われ、それにメディアが従順に従っているのは、日本くらいのものではないだろうか。

 2015年のことだが、そんな“日本流”の裏をかいた記者がいた。残念ながら日本のメディアの記者ではない。国連総会に出席後の安倍首相の記者会見で、ロイター通信の記者が、事前通告通りに「アベノミクスの新3本の矢」についての質問を読み上げた後、追加で「日本が難民を受け入れる可能性」について問うた。

 この時の国連総会は急増するシリア難民が最大の議題であり、日本の取り組みについて聞かれることは当然、予測できたはずだ。しかし、事前通告が当たり前に行われる、“なあなあ”の関係に慣れきっていた官邸の広報担当者は、質問通告されていない事柄についてはメモや資料を準備していなかったようだ。

 安倍首相は、アベノミクスに関しては、用意されたメモ(原稿?)に目を落としながら完璧な回答をしたが、予定外の難民受け入れについての質問には、移民と混同し、まともに答えることができなかった。こうした対応から、各国の人々は、安倍首相のこの問題についての関心や理解の程度を知っただろう。

 事前に調べて政府としての正式回答をもらいたい場合は、質問を前もって提出しておくのもいいかもしれない。しかし、すべて事前通告するのでは、首相自身の認識や見識を直接確かめることができない。

 あらかじめ問いと答えが準備された、芝居のような記者会見を望むのは安倍首相ばかりではない。外務省や総務省など省庁の大臣会見でも、同じような傾向にあると聞く。

 事前通告を拒む者や、質問の事前通告で答えたくない質問をするとわかった人は指名しない、ということも可能になる。最近は、こんな出来事があった。

 菅原一秀経産相の会見取材を、経済産業省広報担当者が「永劫に」禁じる旨を、2人のフリーランスの記者に通告した。

 2人のうちの1人、藤倉善郎氏によると、9月11日の内閣改造で統一協会(世界平和統一家庭連合)との関わりがある議員が多く入閣した。菅原氏もその1人。藤倉氏らは以前から、統一協会との関連で政治家を取材しており、菅原氏の事務所にも取材を申し入れたが、応じてもらえないどころか、建造物侵入罪で告訴されたりしたという。

 藤倉氏らが、大臣就任直後に行われる記者会見への取材を申し入れると、経産省の広報室長から質問内容を確認された。統一協会との関連や告訴の件と告げると、「経済政策に関する質問に限る」「事前パスを持つ方(記者クラブ加盟社)に限る」などと言われた。記者会見についての再検討を求め、広報室長も「わかりました」と応じたが、その後連絡はなかった。

 会見時間が迫ったため、2人は経産省に赴き、入館手続きを行ったうえで会見に出席した。その際、特に拒まれるようなことはなかったが、手を挙げても指名されず、質問はできなかった。その後、「週刊文春」(文藝春秋)が菅原氏の「秘書給与ピンハネ」疑惑や様々な贈答品提供による「有権者買収」疑惑を報じたため、藤倉氏らは再度菅原氏の見解を質そうと記者会見への出席を申し入れた。しかし、広報室長は「(就任会見の時に)会見場に強引に入ってきて取材した」などとして、「永劫に」会見出席は拒否された、という。

 記者会見での質問の事前通告を求められ、その内容によって質問ができたりできなくなったり、あるいは記者会見への出席が許されたり拒否されたりするのでは、もはや質問の事前検閲だ。

 政府による取材のコントロールが、人々の目に見えにくいところで、さらにまたじわじわと進んできていることを、深く懸念し、憂慮している。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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