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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

なぜ悩みが多い人のほうが、悩まない人より幸福な人生を歩めるのか?

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
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 そのようにこれまでを振り返って嘆きながらも、「でも、そんな投げやりな自分も嫌いで……。いったいどうしたらいいのか、悩んでしまいます」と前向きの姿勢も示しながら、心の中の葛藤を口にした。

 これまで誠実な仕事をしてきたのに報われず、すべてが嫌になったという30代後半の男性は、納得いかない思いについて、次のように語った。

「僕はバカ正直というか、不器用というか、調子よく振る舞うのが苦手なのですが、上司の前で調子よく振る舞い、裏で上司を軽んじるようなことを言う人物が上司から評価される。なんだかなあ、って思います」

「そういう連中は、上司だけでなく仲間に対しても不誠実で、仲間の手柄を奪うようなことも平気でする。仲間にバレバレなのに、悪びれずに上司に手柄をアピールするようなことを言う。そんな連中が上から高く評価されるんですよ。もうバカらしくて、まじめに仕事する気になれませんよ」

 こう憤りつつも、

「だからといって、あんな連中と同じようなことをして張り合う気にもなれないし、そんなみっともない姿をさらしたくないし……。この先どうしたらいいんだろうって、このところ堂々巡りの自問自答をしている状態です」

と揺れ動く胸の内を明かす。

 世俗的な意味での成功を基準にした場合は、この2人はけっして成功者とはいえない。仕事生活に行き詰まっていると言うべきだろう。だが、そうした世俗的なモノサシを基準にして生きていないことに誇りをもっているからこそ、どう生きるべきか悩んでしまうわけである。

 私自身、似たような葛藤を抱えているとき、次のような言葉を記して自分を勇気づけたものだった。

「自己の探求、それは過去経験に対して納得のいく意味を与えることだ」

「『これでいいんだろうか?』と思い悩むとき、すでに前向きの一歩を踏み出している」

「むなしさに押し潰されそうな思い、それは『より良く生きたい気持ち』のあらわれだ」

「『こんな自分はイヤだ』と自己嫌悪する、それは向上心が強い証拠だ」

 こんなふうに考えれば、悩むのも悪くないと思えてくる。

悩むことで人生を意味あるものにできる

 そこで参考になるのが、第2次世界大戦中にアウシュビッツの強制収容所に収容されながらも生き延びることができた精神医学者であり心理学者でもあるヴィクトール・フランクルの言葉である。フランクルの次のような言葉は、カウンセリングを学んでいた頃の私にとって非常に刺激的だったが、今でも深く考えさせられる重さをもって迫ってくる。

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