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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

半導体装置市場、報じられない地殻変動…カギ握る台湾TSMCの動向、中国市場の挙動不審

文=湯之上隆/微細加工研究所所長

ドライエッチングに抜かれた露光装置市場

 2015年以降、メモリ市場が爆発的に成長するとともに、それまで最大規模を誇っていた露光装置市場は、ドライエッチング装置市場に1位の座を奪われた(拙著記事『米中・日韓貿易戦争で、中国・韓国勢が躍進の兆し…半導体製造装置市場で』、2019年10月15日)。

 その露光装置市場では、オランダのASMLが圧倒的な強みを誇っていると思い込んでいた。ところが、i線(365nm)、KrF(248nm)、ArFドライ(193nm)、ArF液浸(193nm)、EUV(13.5nm)の各露光装置について、2019年の出荷額および企業別シェアを調べてみたところ、「ASMLが圧倒的」と一括りにして言うことはできないことがわかった(カッコ内は光源波長)。

 なお、光源波長が短いほど、微細なパターンが形成できる上、露光装置の価格も高い。たとえば、i線が約4億円、KrFが約13億円、ArFドライが約20億円、ArF液浸が約60億円、EUVが約200憶円といわれている。現在ロケットの打ち上げ費用が約100憶円で、最先端露光装置のEUVはそれよりはるかに高額である。

 本稿では、まず各露光装置における企業別の出荷額シェアを分析することにより、すべての露光装置においてASMLが圧倒的というわけではなく、ニコン、キヤノン、米Veecoがうまく棲み分けていることを示す。次に、地域別の露光装置市場の分析から、各国の半導体市場の動向がおおよそ把握できることを論じる。その上で、2020年には再び露光装置がドライエッチング装置を抜いて、市場規模1位に返り咲くという推論を述べる。

露光装置をめぐる企業の攻防と棲み分け

 図1に、各露光装置および全露光装置市場における出荷額と企業別シェアを示す。2019年の露光装置全体の出荷額は9060憶円と予測されている。その企業別シェアは、ASML(81.2%)、ニコン(5.9%)、キヤノン(11%)、米Veeco(1.9%)となっており、ASMLが圧倒的である。

半導体装置市場、報じられない地殻変動…カギ握る台湾TSMCの動向、中国市場の挙動不審の画像1

 ASMLは、2019年に市場規模が最大となる最先端露光装置EUVを唯一製造できる企業である上に、EUVに次いで市場規模の大きなArF液浸も94.3%と圧倒的なシェアを占めている。つまりASMLは、最先端かつ市場規模の大きなEUVとArF液浸のシェアを独占しているために、全体のシェアが圧倒的なのだ。

 ところが、市場規模がさほど大きくないArFドライでは、ASMLのシェア(38.3%)をニコンのシェア(61.7%)が上回っている。また、NANDフラッシュメモリが3次元化して、再び脚光を浴びるようになってきたKrFやi線露光装置では、ArFドライ同様、ASMLがトップシェアではなくなっている。

 KrFでは、キヤノンがシェア51.1%でトップとなり、2位のASML(46.2%)を凌駕している。また、i線では、1位キヤノン(55.2%)、2位Veeco(23.5%)、3位ニコン(12.8%)、4位ASML(8.5%)となっており、ASMLが最下位になっている。

 以上の結果から、露光装置メーカーが生き残るための戦略が透けて見える。露光装置全体で圧倒的なトップシェアを誇るASMLは、i線、KrF、ArFドライについては手を抜き、市場規模が大きく最先端のEUVとArF液浸にリソースを集中しているのだろう。このことから、世界の半導体の最先端の微細加工は、ASMLの双肩にかかっているといえよう。

 一方、ASMLとは勝負にならないニコンは、隙間市場のArFドライに焦点を当て、ASMLのシェアを上回る見込みである。また、KrFとi線にリソースを集中したキヤノンが、この2つの分野でトップシェアになっている。さらに、Veecoはキヤノンの半額以下の低価格i線で生き残りをかけている。

 ArF液浸とEUVをほぼ独占し、最先端の微細加工の命運を担うASMLの存在はやはり大きい。しかし、最先端の半導体を製造するためには、i線、KrF、ArFドライの各露光装置も依然として必要である。ニコン、キヤノン、Veecoは、最先端の競争から脱落してしまったが、それぞれが、i線、KrF、ArFドライなどで、生き残るための陣地を確保している。つまり、露光装置メーカーは、各種の露光装置にうまく棲み分けていると考えられる。

地域別の露光装置市場の分析

 次に、地域別の露光装置市場の推移を図2に示す。この図から、メモリメーカーのサムスン電子やSK hynixがある韓国市場が、2016年から2018年にかけて大きく成長するが、2019年に低迷することがわかる。メモリ市場は、2016年から2018年にかけて爆発的に成長したが、2019年に突如不況になった。

半導体装置市場、報じられない地殻変動…カギ握る台湾TSMCの動向、中国市場の挙動不審の画像2

 韓国の露光装置市場の挙動とメモリ市場の好不況の動向が一致することから、露光装置市場は、DRAMやNAND等のメモリ市場の動向に大きく左右されるといえる。上記を頭に入れて再度、図2を見ると、韓国市場ほどの派手さはないが、メモリを製造しているマイクロンやインテルがある米国や、キオクシア(旧東芝メモリ)がある日本も、2016年から2018年にかけて露光装置市場が増大し、2019年に減少していることが見てとれる。やはり、メモリ市場の好不況と露光装置市場の間には相関があるといえよう。

 一方、半導体製造専門ファンドリーのチャンピオン、TSMCがある台湾の露光装置市場は、韓国市場などとは異なる動向を示している。メモリ市場が成長する2016年から2018年にかけて台湾の露光装置市場は縮小するが、メモリ市場が不況になる2019年に逆に増大しているのである。

 まず、2018年にかけて台湾市場が縮小する原因としては、アップルのiPhoneの販売が不調だったこと、仮想通貨のマイニング市場が壊滅的になったことなどが考えられる。TSMCは、iPhone用およびマイニングマシン用プロセッサの製造委託を大きなビジネスとしていたからだ。

 ところが、2018年から2019年にかけて、他国の露光装置市場がすべて低迷するなか、台湾市場だけが上向く。これは、TSMCが1台約200憶円もする最先端露光装置EUVを大量に導入したことによる。2019年には、TSMCが18台、サムスン電子が8台、インテルが4台のEUVを導入した模様だ(図3)。

半導体装置市場、報じられない地殻変動…カギ握る台湾TSMCの動向、中国市場の挙動不審の画像3

 しかし、EUVを使いこなすのは非常に難しく、相当大規模な練習が必要である。TSMCは2018年に、EUV用に毎月3~4万枚のシリコンウエハを流し、すべてスクラップにしたという。今後、最先端の露光装置の主役はEUVに代わっていくが、それを実現できるのは、当面TSMC一社のみであろう。

挙動不審な中国の露光装置市場

 中国の露光装置市場の挙動は、これまで見てきた韓国とも台湾とも異なる。中国市場は2012年から2018年にかけて、ほぼ直線的に成長する。これは、習近平国家主席が国家政策「中国製造2025」を掲げ、たった15%しかない半導体の自給率を大幅に増大させるため、巨大メモリ工場を多数つくり始めたことに起因する。半導体工場を建設すれば、次は露光装置など半導体製造装置を相当台数導入することになるからだ。

 そのかいあって、中国の露光装置市場は2018年に、台湾市場に追いつくほど成長する。しかし、中国が導入した露光装置の多くが休眠していると思われる。というのは、中国の半導体出荷額は台湾に遠く及ばず、したがって半導体自給率も一向に向上しないからだ。

 さらに中国の露光装置市場は2019年に縮小する。これは、中国のDRAMメーカーのJHICCに対して、米国が製造装置の輸出を禁じたため、DRAM工場の建設が困難になったことに起因する。

 以上、地域別の露光装置市場を分析した。露光装置市場から、各国の半導体市場動向をおおよそ読み取ることができることがわかった。

再び露光装置市場が1位の座に

 図1に示した通り、2019年に1台200憶円もする最先端露光装置EUVの出荷額が、ArF液浸を上回る見込みである。そのEUVの出荷額と出荷台数は、図3に示した通り、今後も右肩上がりに増大すると予測できる。このEUV市場を牽引するのは、台湾のTSMCである。そして、これに韓国のサムスン電子と米インテルが続く。

 そのTSMCは、2019年の投資額を当初の100億ドルから150億ドルに引き上げたことを発表した(EE Times Japan『TSMC、5G好調で設備投資150億米ドルに引き上げ』、2019年10月24日)。同記事によれば、TSMCは、「2020年の投資額引き上げも“ほぼ確実”」であるという。何しろEUVの装置価格は1台200憶円もする。この高価なEUVをTSMCが大量に導入し続ければ、露光装置市場は2020年にもドライエッチング装置市場を抜いて、1位の座に返り咲くであろう。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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