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なぜ生徒の死亡事故も起きた組体操を強行…“他校への対抗心”で暴走する一部教師たち

文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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大阪府八尾市立大正中学校、運動会での人間ピラミッド(「YouTube」より)

 東須磨小学校の男女4人の教員による後輩教員に対する信じがたい暴行行為で注目されてしまった神戸市の教育界で、別の波紋が起きている。すでにシーズンは終わったが運動会の組体操だ。小学校で6段、7段、中学で9段など“人間ピラミッド”といわれる組体操が行われ、崩れてけがをするなど、神戸市では2016年度から18年度までの3年間で123人が骨折しているというから驚きだ。

 一部の学校が高段ピラミッドを強行しようとしていたため、久元喜造市長がツイッターなどで「子供たちの体力も落ちており、危険な組体操はやめてほしい」などと訴えていた。しかし学校と神戸市教育委員会はこれを無視して強行。さらにけが人が出てしまい、神戸市では「今年度、市立小中学校の運動会などの組体操や練習中に66件の事故があり6人が骨折」(10月17日、神戸市教委の発表)した。今後、死亡事故でも起きたら、誰が責任を取るのか。

 実は市長といえども止める権限はないという。教育問題に詳しい札幌市の猪野亨弁護士は「教育委員会は行政からの中立が保証されているため、建前としては市長といえども中止にできない。ツイッターで訴えたりするしかなかったのでしょう」と話す。

 なぜか「組体操騒動」は関西に多く、東大阪市では今年6月の運動会で3校の小学校が7段ピラミッドを実施しようとして、保護者から強い不安の声が上がった。だが野田義和市長も実施に賛成し、この時は吉村洋文大阪府知事が会見などで「やめるべきだ」と懸念を示した。最終的に段数を落として実施されたが、野田氏は「残念だ」とした。「子供たちの達成感」などを理由に実施を求める教員や親も少なくはないという。吉村知事は「最後は教育委員会が決めること」とするにとどまっていた。

 大阪府八尾市では15年、市立大正中学校で10段ピラミッドが崩れて一人が骨折するなど6人がけがをして問題化され、大阪市教委は翌年、全国で初めて人間ピラミッドを禁止した。大正中学の事故は10段のピラミッドが崩れ落ちて行く様子がインターネットで配信されている。中央部が崩れた瞬間、周囲の教員らは何もできないでいる様子がよくわかる。周囲にいてもどうしようもない。生徒を守るなら自分も中に入って落ちてくる生徒を受け止めるしかないはずだ。組体操をめぐっては、16年に広島県三原市の中学生が死亡して遺族が学校を訴え、訴訟になった。後遺症が残った子どもの保護者が学校を訴える訴訟も起きている。

極端な対策へ走る教育界

 そもそも運動会は、徒競走や大玉ころがし、玉入れなど、校内行事として楽しい競争はあっても、他校との競争ではないはず。しかし人間ピラミッドなどは「あの学校が8段ならこっちは9段」などとエスカレートしやすい。最近は、私立だけではなく公立の小中学校でも、予選を勝ち抜き県大会や全国的なスポーツ大会、音楽コンクールなどに出場した生徒の名前が、横断幕や垂れ幕ででかでかと校舎や校庭の塀の外側に掲げられる。かつてはそんなことはなかった。必然、学校間の競争心を煽り立てる。保護者から「なんでうちの学校は一人もいないの」という声が上がれば、教員らも必死になってしまう。

 一方、大阪市のように組体操を全面禁止する動きも出ているが、行き過ぎだろう。段数を減らせばすむはず。神戸市で有名な児童連続殺害事件が起きた際、神戸市教委が「不審者が潜みやすい」と通学路などの植え込みを撤去しようとしたことを思い出す。昨今、何か批判が出ると極端な方向へ対策が走るようだ。

 とはいえ、組体操での事故は、人間ピラミッドよりも2人で組んで行う倒立などでも多い。最近では「逆立ち」をする腕力がない子どももいるため、支えてくれる側がうまくなければ、逆立ちをすると体重を支えられずに地面に顔面を打ち付けたりする。

 以前、長男が茨城県つくば市の小学校に通っていた時、珍しく運動場にかなりの雪が積もり、「雪合戦ができるから喜ぶぞ」と思ったら、学校が「雪で滑るから運動場に出てはいけません」と禁じたので愕然とした。学校は子供の安全にはそれほどにも神経質になっている。運動会でも「騎馬戦は危険」とやらなくなってきた。それなのに、“スパルタ的体育”が横行した昔でもやらなかったような危険な演技が、なぜ今、横行するのか。

 前述の猪野弁護士は「多くの学校がピラミッドを中止にしたり段を減らしたりしているなかで、一部の教員たちが意固地になっているとしか思えない。何かみんなでつくり上げるんだ、というような雰囲気が強くなってもいる。何か嫌なものも感じる」と語る。

 そもそも運動会は日本、あるいは日本が植民地化していた台湾などだけで行われる、世界的には極めて珍しい行事だ。欧米などではない。元来は、旧日本軍の軍事教練だった。それが戦後、遠足や修学旅行と並んで子供たちが楽しみにする行事になったのはいいが、一部の教員らの自己満足のための無用な競争や、危険防止名目の過剰反応などで運動会がつまらぬものになっては、なんにもならない。

(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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