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江川紹子の「事件ウオッチ」第139回

江川紹子コラム【政府への異論を議事録から削除】問題…なぜ議事録の作成と開示は必要なのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
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全世代型社会保障検討会議の議事録から発言を削除されていた有識者メンバーの中西宏明経団連会長(画像は経団連による定例記者会見映像より

 少子高齢化と人口減少の時代にも持続可能な社会保障制度へと改革を行うために設置された全世代型社会保障検討会議。そこでの出席者の発言中、政府の方針と異なる意見の一部を、議事録に掲載していなかったことが明らかになった。

 現政権は公文書をめぐって、たびたび問題が指摘されてきた。今回の話も、「またか」と思う向きは多いだろう。公文書の適切な作成や保管、保存、開示は、国民が政治や行政を評価するうえでも、正しく歴史を後世に伝えていくうえでも、非常に重要で、政府の重要な施策が決められていく会議の議事録も同様だ。公文書の問題に後ろ向きな政府の態度や対応に慣れたりあきらめたりせずに、一つひとつに声を挙げていくことが必要と思い、本稿を書き始めている。

信頼性を損なわせる“配慮”や“忖度”


 同会議は、安倍晋三首相が議長を務め、西村康稔・全世代型社会保障改革担当相が副議長として実際の議事を進行。麻生太郎・財務相、菅義偉・官房長官などの関係閣僚のほか、9人の民間有識者委員で構成されている。

 報道によると、9月20日に開かれた初会合で、民間委員の中西宏明・経団連会長が、一定以上の収入がある働く高齢者の厚生年金を減額する「在職老齢年金制度」について、「勤労意欲を減退させるとの議論があるのは承知しているが、経営者の目から見ると、そんなことではないのではないか」などと述べた。

 在職老齢年金制度は、少子高齢化で財源が厳しくなるなか、一定の収入がある高齢者への年金支給を抑制する目的で導入された。高齢者の就労促進を図る政府は、この制度が「高齢者の就労意欲を減退させている」として、減額対象の基準を引き下げる方向で検討している。現在の政府の案が実現すれば、月額50万円程度の収入がある高齢者にも、満額の年金が支払われることになる。一方、年金財政は厳しく、将来的に支給額は下がると見込まれている。そのため、政府案に対しては、現在の高所得高齢者を優遇するもの、として批判も出ている。

 そんななかでの中西発言。経団連会長という影響力のある立場で、政府の方針への異論を、政府の会議で述べたものだ。菅官房長官や西村担当大臣は、発言者自身の了承を得ているとして「問題ない」とする。実際、中西氏も報道陣の取材に、問題視しない意向を示した。

 しかし、議事録は委員のための備忘録ではない。いくら発言者本人が了承しても、事務局を務める政府の役人が、発言を選んでカットするようなことがあってはならないと思う。

 そもそも、議事録はなんのためにつくられるのか。委員や事務局が議論を振り返り、考えをまとめるなど、会議の進行のために役立てるということもあるが、政策に重要な影響を与える提言などが、どのような議論を経てまとめられ、課題や問題点はどれほど精査されたのかなど、政策決定のプロセスを現在及び将来の国民に明らかにするためだ。だからこそ公表する。

 国家行政組織法に基づく「審議会等」に関しては、1999年に「審議会等の運営に関する指針」が定められ、議事録の取扱いは、次のような原則が明記されている。

<会議又は議事録を速やかに公開することを原則とし、議事内容の透明性を確保する>

 官邸主導により、スピーディな行政改革を目指す安倍政権は、法律に基づく「審議会等」のほか、「一億総活躍」「働き方改革」や天皇代替わり、文化新興、さらには安全保障に至るまで、さまざまなテーマで有識者会議・懇談会を首相官邸に設置し、民間委員を入れて、重要施策の方針を決めてきた。今回の全世代型社会保障検討会議も、法律に基づく「審議会等」ではない。

 しかし、実際には政府の施策の方針を決めるための重要な機関になっており、審議会同様の高い透明性が求められることは言うまでもない。議事録には話し合われた内容が、そのまま逐語的に盛り込まれるべきだ。

 誰が、どのような理由で中西発言の削除を決めたのかは明らかにされていないが、議事録のテープ起こしを閣僚がいちいちチェックして削除を命じていたとは考えにくい。おそらくは事務局を務める官僚の忖度だろうが、そうした配慮は政策決定過程の透明性に疑問を持たせ、むしろ信頼性を損なわせる。

 萩生田光一・文科相の「身の丈」発言で注目され、急きょ実施が延期された大学入試における英語の民間試験導入も、そのプロセスがかなり不透明だ。

 2016年4月、文科省内に有識者らによる「検討・準備グループ」の会議が設置され、翌年5月までに9回の会合が開かれたが、議事録はずっと非公表。多くの問題が指摘される制度が、どのように立案されていったのかが、ずっとわからずにいた。

 今回の導入延期の後、野党議員から追及され、ようやく萩生田文科相が「公開していく前提で準備する」と表明した。

 ところが、菅官房長官が「(萩生田氏は)委員の了解が得られることを前提に公開を検討することにしたと言っている」と述べ、公開の時期も「委員の了解が得られた上でだと思う」とした。

 そうなると、開示することになっても、全世代型社会保障検討会議にならって、政府にとって不都合な発言を後から削除したり、加筆したりといった“配慮”が行われないとも限らないのではないか。これでは、どのような議論に基づいて、さまざまな問題が指摘される制度がつくられたのか、国民がそれを正確に知ることができない。

 今回の問題を誠実に検証しようとするなら、手を加えることなく、全文を、まずは国会に提出してもらいたい。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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