今後の課題は「エビデンス」と「シズル感」
こうしたユニークな活動には続きがある。紙幅の関係で今回は詳述しないが、吉村清己氏(ビダルエリス研究所代表)と一緒に「水素添加過熱蒸気を用いた調理機器」も開発した。廣瀬氏の教え子には大学教授が20人以上いるという。吉村氏は10 年来の共同研究者(金沢大学講師)だ。
ただし、水素焙煎のコーヒーについては、筆者は2つの課題があると思う。
ひとつは「エビデンス」(証拠や根拠)の充実だ。健康機能性食品として、より注目を浴びるには「安心・安全」での積み重ねが欠かせない。多数の論文を作成してきたベテラン学者には釈迦に説法だろう。それでも長年「消費者心理」を取材してきた筆者は、「データで説明しやすい『安全性』と、心理によって左右される『安心』をどう両立訴求するか」で、各企業が試行錯誤する例を見てきた。
もうひとつは、商品のシズル感(消費者が商品を欲しくなる五感)訴求だ。

シズル感は機能性商品であっても欠かせない。口に入れる食品は「おいしそう・楽しそう」と思われないと、医薬品のようになってしまうからだ。
カフェの世界でいえば、スターバックスコーヒーの商品訴求は上手だ。9月末、筆者は「スターバックス弘前公園前店」を取材した。弘前市はリンゴ生産量日本一の市で、取材時は限定品のアップルパイを販売(現在は販売終了)。店内には、パートナー(従業員)手づくりの「おいしいアップルパイが届けられるまで」とのボードも掲げられていた。
「機能的価値」と「情緒的価値」
マーケティングの視点では、商品の訴求には「機能的価値」と「情緒的価値」がある。
今回紹介した水素焙煎のコーヒーは、いうまでもなく機能的価値で健康食品に似ている。お客は一定の味を楽しみつつ、健康面での効果・効能を期待する。
一方、情緒的価値は消費者の感性にも訴えるもの。コーヒーなら、味だけでなく見た目もかわいい「ラテアート」や「デザインカプチーノ」が情緒的価値だ。前述のスタバの取り組みも、それに当たる。
現代の消費者への商品訴求は「AだからBはしない」というのは難しい。どこかでA(もしくはB)の要素を取り入れる意識も大切だ。機能的価値(機能性商品)であっても「もう少し情緒的価値を意識しましょう」といえば、ご理解いただけるだろうか。
コーヒーブームによって、さまざまな角度からのアプローチが生まれているのは「生活文化」の視点でも興味深い。斬新な訴求に動き続けなければ、消費者と商品との出合いもなく、新展開も見えてこない。その意味で、水素焙煎コーヒーの進化にも期待したい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント) 1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。 近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。