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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

国民全体を戦争に掻き立たせることも…クラシック音楽の持つ“魔力”

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 世界60カ国以上で約1億4000万人のユーザーを抱え、4000万曲以上の楽曲を保有している音楽配信サービス会社「Spotify(スポティファイ)」。すでに愛用している方も多いかと思いますが、特徴的なのは、有料会員のほかにいる無料会員の存在です。実は同社は、この無料会員によっても収益をあげています。それは曲と曲の間にナレーションとBGMによる音声広告「デジタルオーディオ広告」を挿入し、広告を出稿する企業から広告料を得ているのです。

 今、聴覚への広告が注目されています。スポティファイがオーディオ広告を実施したところ、ユーザーの89%がその広告を認知したと回答しています。ほかの調査によると、ディスプレイ(文字や画像)による視覚への広告の認知度は59%程度なので、聴覚での広告は視覚のものに比べて記憶に残りやすいという歴然とした差がデータで証明されたといえます。これは、自分の表現を音で伝える音楽家にとっても、大変興味深い調査結果です。

 このことから、音楽は人々を感動させるだけでなく、人々を扇動、誘惑するためにも使われてきた理由がよくわかります。教会でのミサの音楽から、初ドライブデートの際のロマンチックなBGMまで、人間の感情を左右させることができる音楽ですが、歴史的にみると、この特性は政治的に悪用されることも多かったのです。

音楽で兵士を鼓舞したドイツとロシア

 あるひとりの音楽好きな青年が、新しいオペラの上演を固唾を飲んで見つめていました。それは、耽美、退廃主義の異色作家オスカー・ワイルドが1891年に新約聖書を題材に書きあげた戯曲『サロメ』を基に、ドイツを代表する作曲家リヒャルト・シュトラウスが作曲したオペラです。同作は1905年にドイツでの初演でセンセーションを巻き起こし、早速、翌年にはオーストリアのウィーンで上演されました。20世紀の音楽に大きな影響を与えた作曲家たち、マーラー、シェーンベルク、プッチーニと一緒に客席に座っていたこの青年は後年、国家社会主義ドイツ労働者党、すなわちナチスをつくりあげたアドルフ・ヒトラーです。

 第二次世界大戦中にドイツ建国以来最大の悲劇を引き起こしたといわれるヒトラーですが、若いころは画家になることを夢見てウィーンの美術学校入学を目指していました。もし、その時に彼が美術学校に落ちていなければ世界の歴史は変わったのではないかと、ウィーンでは今もなお語られています。

 そんなヒトラーは、ワーグナーのオペラ、特に歌劇『ニュルンベルクの名歌手』が大好きでした。しかも、彼は個人的な趣向だけでなく、オペラをドイツ国民に対して政治利用できると考えたのです。当時、第一次世界大戦に敗れ、国の経済も破綻し、誇りをも失いかけていたドイツ国民に対して、このオペラの持つドイツ精神を讃えるテーマは、ヒトラーがドイツ国民全体を鼓舞し、洗脳するためには最適だったのです。

 それはナチスの党大会を、このオペラの舞台であるニュルンベルクで毎年行ったくらいの徹底ぶりでした。ドイツの地方都市でしかないこの街に、ローマのコロッセオを模してつくらせた巨大な野外会場と、パレードに使えるような大きな道路をつくってしまうほど、常軌を逸していました。僕が当地のニュルンベルク交響楽団を指揮した際には、その野外会場の一室がオーケストラのリハーサル室として使われていました。それほど巨大な建造物です。

 ヒトラー率いるドイツ軍は、当初は快進撃を繰り広げ、フランスやイギリスだけではなく、スターリン率いるソビエト連邦にも攻め入り、とうとうレニングラード(現サンクトペテルブルク)を2年半にわたり包囲しました。そんな危機的状況下、ソビエトの国民的作曲家ショスタコーヴィチが民衆や兵士を励まそうと作曲したのが、今も名曲として演奏されている、交響曲第7番『レニングラード』です。

 ソビエト軍は戦車に拡声器を付けて、戦っている兵士たちにこの交響曲を聴かせたと伝えられています。その甲斐もあってか、ソビエト兵たちはドイツ軍を追い払いました。ナチスドイツは、この敗北が大きなきっかけとなって敗戦に向かうことになります。

 戦争に使われるほど音楽がドイツ、ロシアの民衆にとって影響力あることは、現在も両国に世界のトップレベルのオーケストラ、オペラ劇場が多数あるという事実からもよくわかります。しかし、ヒトラーが悪用したせいで、現在もワーグナーの音楽は、ユダヤ系の人々に抵抗を持たれることも多いのです。

商業利用されるクラシック音楽

 音楽は、人々の感情をコントロールしてしまいます。日本でも戦争中には、「軍艦マーチ」が兵士を鼓舞して進軍させて、終戦後はパチンコ店で財布が空になるまで客の理性を失わせるために利用されてきました。音楽の持つ“人の理性を狂わせる作用”が、感動に結びつくこともあれば、悪用もできるという点を鑑みると、「たかが音楽」とはいえないのです。

 もし音楽がそんな使い方ばかりされていたら音楽家としては残念ですが、最近、ある海外の作曲家がインタビューで答えていた言葉が印象に残りました。

「テレビCMにおいて、なぜクラシック音楽を多用するかといえば、本来は安い商品に、クラシック音楽の効果で高級感を与えるためなのです」

 これを聞いて、なるほどと思いました。日本でも、たとえば亀田製菓「柿の種」のCMではショパン『別れの曲』、日清食品「カップヌードル」のCMではドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』、日本コカ・コーラ「紅茶花伝ロイヤルミルクティー」のCMではチャイコフスキー『花のワルツ』と、安価な商品のCMにクラシック音楽が使われています。ほかの商品との違いを視聴者に感じさせ、値段以上の満足感を味わってもらっているわけです。

 しかし、こんな使い方ばかりではありません。たとえば、人生で最高のセレモニーとなる結婚式場を探している時に、式場にクラシック音楽が流れていたら、「ここはとても高級そうだし、信用できそう」と安心するのではないでしょうか。

 11月9日付本連載記事『ベートーヴェンも嫉妬した天才作曲家ロッシーニ、「ロッシーニ風」で天才料理人に転身』でも書きましたが、高級フレンチレストランでクラシック音楽が流れているのも、この効果を狙ってのことです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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