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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

ベネズエラ、最貧困の若者へ無償で楽器提供しオーケストラ活動→世界的音楽家も輩出

文=篠崎靖男/指揮者
【完了・14日掲載希望】ベネズエラ、再貧困の若者へ無償で楽器提供しオーケストラ活動→世界的音楽家も輩出の画像1
「Getty Images」より

 アメリカ合衆国はドリームを叶えることができる国でありながら、犯罪率も高い国です。銃の所持が認められていることもあり、強盗事件は日本の40倍、傷害事件は10倍にもなりますが、そんななかでウィスコンシン州ミルウォーキーはアメリカ国内での犯罪率ワースト30の常連でもあるほど、治安が良くない街として知られています。

 ビールの街としても有名なミルウォーキーでユニークな活動をしている、“ブラック・ストリングス・トリアージ・アンサンブル”という合奏団があります。合奏団というのは、オーケストラの小型の団体です。彼らの活動は寄付で成り立っていますが、注目されるのは、コンサートホールで演奏するのではなく、まさしく犯罪が起こった現場で演奏会をすることです。治安が悪く、犯罪が多発している場所の住民と、その周辺の人々を音楽によって癒すことが目的です。

 殺人や強盗が起こった現場には誰も近寄りたくないですし、どうしても通らなくてはならない場合でも、やはり恐怖を感じます。そんな場所に合奏団が来て音楽を演奏していることで、地域を明るく照らす効果があるそうです。音楽を演奏できる場所は安全をイメージさせるので、実際に治安が悪い場所であっても、地域の住民、特に、ともすれば犯罪に走ることもある若者たちのすさんだ気持ちを明るくするわけです。

 僕はさまざまな国で指揮をしてきましたが、初めて行く際には不安を感じる国もあります。「犯罪率が日本の100倍」などという情報を見た知人から、「大丈夫か?」と心配されることもあります。しかし、考えてみれば、本当に治安が悪く荒廃した国ではオーケストラは活動できないわけで、「オーケストラ=安全」と考えることにしました。もちろん、オーケストラがあるからといって、女性が夜道を歩いてもいい国だという意味ではありません。

 ただし、歴史的にオーケストラを持っている中南米では、残念ながらこの原則は当てはまらないかもしれません。特にカリブ海沿岸の国々は、人々も明るく美しい場所なのですが、外務省から危険地域の指定を受けています。

ベネズエラから全世界に広まったエル・システマ

 特に、国土の北側がカリブ海・大西洋に面している南米のベネズエラ・ボリバル共和国(通称:ベネズエラ)は現在、アメリカと対立していることもあり、経済面でも治安面でも大きな問題を抱えています。実は、原油の埋蔵量はサウジアラビアを抑えて世界1位の3000億バレル以上もあり(オリノコタールを含む)、1980年代までは原油の産出国として“南米でもっとも裕福な国”といわれていたのですが、その後の原油価格の下落だけでなく、政策の失敗により原油生産量も落ち込み、現在では貧困が蔓延する国になっています。また、ほかの中南米の国々と同じく、以前から貧富の差は激しく、貧しいスラム街では簡単に薬物、虐待、犯罪にかかわってしまう若者が後を絶ちません。

 そんななか、ベネズエラの最貧困の若者たちを音楽で救おうという人物が現れました。それが、今では世界的に有名なエル・システマ(公的融資による音楽教育プログラム)を1975年に創設した、経済学者で音楽家でもある故ホセ・アントニオ・アブレウ博士です。彼は音楽による社会変革を目指し、家庭の経済状況にかかわらず、すべての子供たちに楽器を与え、欧米からも優秀な指導者を招待し、高度な音楽教育を受けさせたのです。子どもたちを犯罪や暴力から守り、学業面も含めてポジティブな影響を与えたとして、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)、米州開発銀行などの外部機関からも評価されてきました。

 そして、その教育を受けた若者たちによってつくられたのが、シモン・ボリバル・ユースオーケストラ(現シモン・ボリバル・シンフォニーオーケストラ)です。何度も世界ツアーを行い、その高いレベルで世界中を驚かせてきました。今では多くの優秀な卒業生たちが世界中で大活躍しているだけでなく、エル・システマの活動が広がり、70以上の国や地域で展開されています。日本においても、エル・システマジャパンが普及活動をしています。

 卒業生のひとりに、世界的指揮者となったグスターボ・ドゥダメル氏がいます。同氏が率いるロサンゼルス・フィルハーモニックにおいてCEO(最高経営責任者)を務めるサイモン・ウッズ氏の話を本連載記事『コンサートホールの“あの形”の秘密…革命起こした56年前のベルリン・フィル新ホール』において紹介しましたが、それとも合致しています。

 ウッズ氏は、「“アウトリーチ”は1990年代から2000年までの考え方だ。現在は、オーケストラが街や国にどれほど重要な存在なのかをアピールする時代であり、地域の問題にも積極的にかかわっていく“タッチ“が重要である」と話してくれました。彼が以前勤めていたシアトル交響楽団では、ホームレスの人々をオーケストラ楽員と一緒に座らせて、シアトル市全体に社会提案をしたそうです。

 実は、このように音楽と社会問題を積極的にかかわらせた作曲家が、約300年前の英ロンドンにもいました。それは、ドイツに生まれ、イギリスで活躍したヘンデルです。彼は晩年、ロンドンにある捨て子養育院で慈善演奏会を開いていました。当時のイギリスは資本家と労働者との貧富の差が激しく、避妊法も知られていなかったため、同時代の他のヨーロッパの国々と同じように、子供を産んでも育てられない母親によって、多くの赤ん坊が捨てられていました。そんな子供たちは、捨て子養育院で一般教育を受けるだけでなく、将来の生活の糧になるように音楽教育も施されつつ、楽器や歌を演奏して養育院の運営資金の一部を稼いでいたのです。

 ヘンデルは、そんな子供たちと毎年、彼の代表的作品『メサイア』を演奏していたのです。ちなみに、ヘンデルの遺言により、メサイアの楽譜はこの捨て子養育院に寄贈されていることから、生涯独身を貫き、子供がいなかったヘンデルの当時の心境がわかるようです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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