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成馬零一「ドラマ探訪記」

『いだてん』が辛辣に描いた「政治利用される東京五輪」が今の日本と重なる理由

文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家
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大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』 – NHK」より

 1年にわたって放送された大河ドラマいだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)がいよいよ最終回を迎える。

 日曜夜8時からNHKで放送されている本作は、オリンピックにかかわった日本人の姿を描いた歴史群像劇だ。舞台は東京オリンピック招致をめぐって駆け引きが繰り広げられている1959年から始まり、嘉納治五郎(役所広司)が初めてオリンピックという概念を知った明治末期に遡る。そこから、三島弥彦(生田斗真)と共に日本人として初めてオリンピックに出場した日本マラソンの父・金栗四三(中村勘九郎)の物語がスタートする。

 脚本はクドカンこと宮藤官九郎、チーフ演出は井上剛、プロデューサーは訓覇圭。2013年に話題となり社会現象となった連続テレビ小説『あまちゃん』のチームが再び結集した本作は、オリンピックを題材にした大河ドラマだが、ユニークなのはその見せ方だ。

 落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)の語りによって展開される物語は、過去・現在を自在に行き来し、「富久」や「芝浜」といった落語の演目と重ね合わされる。

 登場人物も多く、スポーツ関係者だけでなく、若き日の志ん生こと美濃部孝蔵(森山未來)のような市井の人々はもちろんのこと、政治家や軍人といった権力者の姿も描かれる。つまり、過去のクドカンドラマ史上、もっともスケールの大きな歴史超大作に仕上がっていたと言えよう。

 大河ドラマとしての功績は、鬼門だった明治以降の近現代を描いたことに尽きるだろう。近現代を舞台にした大河ドラマは、1984年の『山河燃ゆ』、85年の『春の波濤』、86年の『いのち』で試みられたが、『いのち』以外は視聴率の面で苦戦を強いられ、もともと五部作だったものが三部作に縮小されたという苦い過去があった。

 この『いだてん』も、視聴率という側面では大河ドラマ史上最低となってしまったが、過去のクドカンドラマ同様、作品評価は終始高かった。おそらく本作の真価が発揮されるのは、全話終了した後でソフト化され、一気観が可能になってからではないかと思う。

 ネットフリックスなどの海外ドラマでは全話一挙配信が定番化しているが、本来『いだてん』は、そういうふうに観られるべき作品だったと思う。だから、途中離脱した人は機会があれば一気観してほしいと思う。きっと、かつてない視聴体験が待っているはずだ。

現実とリンクする「五輪と政治」のゴタゴタ

 その意味でも、『いだてん』はいつ観ても楽しめる普遍的なおもしろさを備えた大河ドラマだが、同時に2019年にしか味わえない同時代的なおもしろさも存在した。

 それが顕著になるのが、関東大震災が描かれた第23回「大地」、第24回「種まく人」を経て、主人公が金栗四三から田畑政治(阿部サダヲ)に交代した第2部だろう。第1部もおもしろかったが、第2部に入ってからは1話1話のレベルが高く、それぞれに映画1本分のおもしろさが詰まっていた。

 なかでも、『バクマン。』『SCOOP!』といった映画で知られる大根仁が演出を担当した第26回「明日なき暴走」と第36回「前畑がんばれ」(井上剛と共同演出)は、人見絹枝(菅原小春)、前畑秀子(上白石萌歌)といった女性アスリートの姿を描いており、『いだてん』のもうひとつの側面である「スポーツを通した女性の社会進出」というテーマを、もっとも反映したエピソードとなっていた。

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