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片山修「ずだぶくろ経営論」

パナソニックを蝕む「テスラ・リスク」…よぎる「プラズマテレビ過剰投資の悪夢」

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家
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パナソニックの津賀一宏社長(写真:ロイター/アフロ)

 パナソニックは、曲がり角を迎えている――。

「2021年度までに構造的な赤字事業を撲滅する」

 パナソニック社長の津賀一宏氏は、2019年11月22日、アナリストに事業戦略を説明する「IRデー」に先立って開いた記者会見で、構造的な赤字事業から撤退する方針を明らかにした。赤字事業といえば、まっさきに思い浮かぶのは、先行投資がかさみ、赤字が続いている協業先のテスラ向け電池事業である。とうとうテスラ向け電池事業から手を引くのか。

 パナソニックは2010年、テスラに3000万ドル(当時約24億円)を出資し、EV用の電池システムの共同開発をスタートした。14年には、米ネバダ州の大規模電池工場「ギガ・ファクトリー」の建設に少なくとも2000億円以上を投じている。テスラのEV「モデル3」には、約7000本の円筒型リチウムイオン電池が必要とされる。パナソニックは、それを電池需要を一気に拡大するチャンスと読み、テスラをがっちりつかんだのだ。

 ところが、事は思惑通りには進まなかった。クルマの量産技術をもたないテスラは、たちまちつまずいた。17年に生産を開始した量産車「モデル3」は、同年7~9月期の生産目標台数が1500台だったにもかかわらず、実際は260台にとどまった。以後、生産台数の目標達成時期はたびたび先送りされた。

“テスラ・リスク”は、プラズマテレビの悪夢を思い出させる。パナソニックは2000年代以降、プラズマに注力し、次々と工場を建設した。投資額は6000億円にのぼったが、韓国勢の液晶に敗れ、13年、プラズマテレビから撤退した。

 パナソニックの記者会見で、「電池への巨額投資はプラズマテレビの二の舞にならないか」といった質問が出るたび、回答者は「プラズマテレビと電池は違う」と“テスラ・リスク”の火消しにまわった。

 しかしながら、パナソニックとテスラとの関係性には、疑問符がついて回った。

「3カ月に一回、アメリカにいって忌憚のない話をしている。テスラとの関係は極めて良好だ」

 津賀氏は、19年5月19日の19年3月期決算説明会の席上、そう述べ、テスラとの蜜月関係をアピールしてみせたが、赤字は一向に解消されなかった。

 いよいよ「脱テスラ」を決断せざるを得ないのではないかと、少なからぬ報道関係者は思った。ところが、そうはならなかった。津賀氏は11月22日の記者会見で、「テスラ事業の赤字は一過性。黒字転換が見込める」と発言し、テスラ向け電池事業を構造的赤字事業の対象外とした。そして、「テスラとはパートナーであり続ける。私の役割は、パートナーであり続けることを担保すること」と断言した。さらに、津賀氏はこうも述べたのである。

「テスラはEVの中でもっとも高い可能性がある。テスラが赤字なら、その赤字を甘んじて受ける」

 パナソニックが現在、テスラ向け電池事業で最優先するのは、「ギガ・ファクトリー」の生産性の改善だ。「『ギガ・ファクトリー』は、年産能力が35ギガワット時に届いていない。それを早期に実現するのがファーストプライオリティだ」と、津賀氏は語る。

 果たして、「ギガ・ファクトリー」の生産性の改善は、テスラ向け電池事業を黒字化する切り札になるのだろうか。疑問はとけていない。

テスラとの温度差、拡大しないEV市場

 テスラは2019年10月23日、中国・上海市で建設中だったEVの新工場「上海ギガ・ファクトリー」において、「モデル3」の試作車の生産まで数週間のところにきていると発表した。「上海ギガ・ファクトリー」は、外国自動車メーカーによる中国初の工場であると同時に、テスラが初めて米国以外に設置する工場である。

 上海工場で生産される「モデル3」は、テスラの命運を握る極めて重要な試金石になるとされている。パナソニックとテスラの持ちつ持たれつの関係性から考えれば、上海で生産される「モデル3」には、当然、パナソニック製の電池が搭載されると考えるのが自然である。ところが、実際は違ったのだ。

「テスラの中国工場に関連して、われわれが中国に電池の生産拠点を構える具体的な計画は現時点ではない」

 津賀氏は11月22日の会見でそう明らかにしたうえで、テスラが中国工場でつくるEV向けの電池として、「中国で製造している電池メーカーの製品を採用されるのか、米国の『ギガ・ファクトリー』から運ばれるのかは、テスラが決めること」と述べたのである。これは、どういうことか。パナソニックとテスラとの間は、明らかに温度差が生まれていると考えていいだろう。

 少なくとも、かつてのような“運命共同体”ではなくなっているのではないだろうか。いや、それ以上に、パナソニックにとっての誤算は、肝心のEV市場が思うほどには拡大していないことだろう。実際、全世界のEVの販売台数はいまだ年間200万台に満たない。EVの先頭を走る日産「リーフ」にしても、初代発売の10年12月から19年1月までの9年間の販売台数は、累計11万8000台にすぎない。

 なぜ、EVは普及が進まないのか。買う側にしてみれば、購入に二の足を踏むもっとも大きな理由は車体価格の高さだろう。加えて、航続距離や充電インフラにも課題が残る。

 EVの最大市場の中国でも、EVを取り巻く環境は厳しくなっている。今年6月下旬、EVの購入補助金が大幅にカットされるや、中国でのEVの販売台数は一気に減速した。EV最大手のBYDをはじめとするメーカーの業績も低調だ。また、中国での相次ぐ車両火災も、EV離れに拍車をかけている。18年には40件、今年に入ってからも少なくとも30件のEVの発火事故が起きたと報じられた。EVに対する消費者の不安は高まっている。

 革新的な掃除機で知られる英ダイソンは、この10月、EVの開発の取りやめを発表した。開発費がかさみ、事業の継続が難しくなったからだ。実際、EVで収益を上げている企業はいまのところ皆無である。

 振り返ってみれば、パナソニックは自動車産業が直面する100年に一度の大変革期、すなわち「CASE」を好機として、本格的に自動車分野に参入した。なかでも期待されたのが、EV市場の拡大を前提にした車載用電池の売り上げ増である。ところが、EV市場は思うように伸びていない。と同時に、パナソニックの車載電池事業も、先行き不透明感が漂っている。

テスラ一本足打法からの脱却

 ただ、救いはパナソニックにとって力強い“助っ人”があらわれたことだ。トヨタ自動車である。パナソニックとトヨタは17年12月、車載用角型電池事業の協業検討で合意した。

 トヨタは2025年にハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、EV、燃料電池車の電動車両の年間販売台数を550万台とする目標を掲げている。つまり、EV市場が伸び悩むなかでも、トヨタと組むことで、ハイブリッド車用の安定した車載電池の供給先を確保できる。テスラ一本足打法からの脱却だ。

「世界一の電池をつくる」と津賀氏は記者会見の席上、自信を示した。現在、パナソニックとトヨタは、2020年春の事業開始を目指して合弁会社の設立準備中だ。津賀氏は11月22日、次のように述べた。

「電気自動車は非常に難しいビジネス。だからトヨタさんといっしょにやることが大事なんです」

 パナソニックがトヨタと組む最大のメリットは、電池のボリュームが確保できることだ。また、共同開発した製品は、トヨタ以外の自動車メーカーへの販売も視野に入れる。

 パナソニックとトヨタはまた、トヨタが20年代前半までの実用化を目指す全固体電池の共同開発を進めている。むろん、トヨタの車載電池の調達先はパナソニック独占ではない。現にこの7月、トヨタは世界最大手の中国・寧徳時代新能源科技(CATL)と包括提携した。CATLは、電池の供給だけでなく、開発の領域まで踏み込む。パナソニックにとっては強力なライバルといえよう。

 さて、問題はテスラである。このままいくと、テスラ向けの車載事業は、パナソニックの次なる成長の軸となるどころか“お荷物”になりかねないだろう。車載事業はすでに、成長の柱から外され「再挑戦事業」となったのは、その証か。テスラが致命傷にならないためにも、社長就任8年目に入った津賀体制は、いまや大きな決断を迫られるところまで追い込まれているように思われる。

 パナソニックは18年、創業100周年の節目を迎えたが、しかし、次の100年の姿は、依然として見えない。テスラは別として、車載事業に成長を懸けるのであれば、いま一度、強力なチャレンジが求められるのである。

(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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