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「ようわからんけど死刑に入れた」…裁判員裁判が破綻、最高裁が判決を覆す例相次ぐ

文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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最高裁判所の大法廷(「Wikipedia」より/Tetsu2266)

 2012年6月、大阪市・ミナミの心斎橋の路上で居合わせた男女2人を刺殺した無差別殺人で、殺人罪などに問われていた磯飛京三被告(44)について、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)は12月2日、同被告を無期懲役とした大阪高裁判決を支持した。これにより、一審の大阪地裁での裁判員裁判で出された死刑判決が破棄された高裁判決が確定し、凶悪犯は死刑を免れる。

 磯飛被告は12年6月10日の午後1時ごろ、大阪市中央区東心斎橋の路上で、まったく面識のなかった音楽プロデューサー、南野信吾さん(当時42)を包丁で刺殺、さらに、スナック経営の佐々木トシさん(同66)も刺殺した。

 報道によればこの日、法廷で中学2年生の長女(14)ら娘さん3人と共に判決を見守った、南野さんの妻有紀さん(49)は都内で会見し「こんな判決を聞くために7年半待っていたわけではありません」などと悲痛な思いを訴えた。同席した長女も「がんばって決めてくれた裁判員の人たちの気持ちが無駄になってしまった」と話した。

 南野さんの代理人で「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」事務局長の高橋正人弁護士は、「一般市民の感覚に沿うのが裁判員裁判の趣旨だったはず。裁判官のつくった基準に従うなら裁判員制度の意味がない」と指摘した。

 高橋弁護士は筆者の取材に対し、次のように憤る。

「最高裁の裁判官は『過去の判例との公平性から』と言った。裁判員制度は過度期だが、今後5年、10年と積み上げていけば裁判員のつくった死刑の基準が自ずとできるのではないか。それが否定されるのなら裁判員裁判を導入した意味はなく、やめてしまえばいい。覚せい剤で幻聴があったから死刑にしない、というのも覚せい剤に対する世間の処罰感情とまったく逆行している」

裁判員制度は形骸化

 今年は裁判員裁判が始まって10年目だ。裁判員裁判は一審だけで、控訴審からはプロの裁判官だけで審理する。死刑判決については、この間、裁判員裁判の死刑判決の以下5件が控訴審で無期懲役に減刑され、いずれも確定している。

・南青山強盗殺人:発生09年(1)

・千葉・女子大生強盗殺人:同09年(1)

・長野一家強盗殺人:同10年(3・複数犯)

・心斎橋通り魔殺人:同12年6月(2)

・神戸市女児殺害:同14年9月(1)

※( )は殺された人数

 制度導入以降、裁判員裁判が下した一審判決を概ね上級審が尊重しているが、死刑に関しては大きく違う。高橋氏は「死刑だけは別、というおかしな二重基準になっていて、裁判員制度は形骸化している」とする。ちなみに12月5日、熊谷市で起きた6人殺害事件のペルー人被告への死刑判決(さいたま地裁・裁判員裁判)も、東京高裁で無期懲役にされた。

 筆者の記憶でも制度の導入時、最高裁は「死刑に関してだけは対応を別にする」などとは決して言っていない。「裁判員裁判導入の目的は、死刑判決を下さなくてはならない裁判官の精神負担の軽減が目的」などとも、まことしやかにいわれていた。

 今回の最高裁判決を、甲南大学法科大学院の園田寿教授(刑法)は次のようにみる。

「一審の死刑が上級審で覆ることへの、被害者のご遺族の無念はわかります。過去の死刑確定判決に照らすと、金銭やわいせつなど利欲的な動機がなく非常に微妙。死刑選択は慎重にということと、最近の死刑反対の世界的な流れもあったでしょう」

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甲南大学法科大学院 園田寿教授

「裁判員裁判が民意」を強調する危険

 さて、「市民感覚」を金科玉条に掲げて鳴り物入りで09年に導入された裁判員制度は、うまく進んでいるように報じられているが、果たしてそうか。メディアに肯定的な感想を話す裁判員は、すべて裁判所が選んでいる。

 また、裁判員裁判は本当に民意を反映しているのか。園田教授は言う。

「本来、裁判員裁判は本当に民意を取り入れた制度ではありません。6人の裁判員と3人の裁判官で評議しますが、完全な9人での多数決ではなく、決定側には必ず裁判官が入っていなくてはならない。ミナミの事件も一審では、4人の裁判員が無期刑を支持して2人だけが死刑支持し、そこに裁判官3人が死刑を支持したため死刑判決になった可能性もあるのです」

 最高裁は小法廷全員一致だったことが公表されているが、裁判員裁判では、それらは伏せられる。遺族の少女は「せっかく裁判員が」と話した。傍聴して裁判員はみんな死刑に投じてくれる、との印象を持ったのだろうが、裁判員の多数が死刑に投じたという証拠はない。

 今裁判ではないが、裁判員の質も問われる。15年3月に淡路島で5人が殺された事件で、被告人の男は17年3月に神戸地裁で死刑判決となった(控訴審中)が、判決後に裁判員の男性は記者会見で「ようわからんけど死刑に入れた」と話した。「ようわからん」人物に、生殺与奪を握られてはたまったものではない。園田教授も「とんでもないこと」とする。

 裁判員裁判では、専門家の精神鑑定書なども裁判員に理解してもらうため、筆者が傍聴しても「これでいいのか」と思われるほど簡略化されている。また、裁判員のなかには1時間以上座って集中できない人がいたり、理解力不足で裁判官が説明しなくてはならないためか、休廷だらけになり無駄に時間もかかっている。

 園田教授は「裁判員裁判を続けるなら、法定刑が懲役10年以下の事件や、最も民意が重要な住民訴訟などの行政訴訟にすべきでしょう」とするが、同感だ。高橋氏と園田教授のアプローチは異なるが、「裁判員裁判が破たんしている」という点で一致している。

 筆者は裁判員制度の導入に反対していた。「論点を絞る」との名目で導入された公判前整理手続きは非公開。従来、法廷で公になっていたものが伏せられた。残虐な写真などを見た裁判員がトラウマになるからという理由で血の写真を白黒にされたりするが、ある意味、「改ざんされた証拠」で判定しているのだ。

 簡略化した鑑定書も理解できず、証拠写真も直視できない裁判員に裁かせるのが正しいのか。考え直すべきだ。

(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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