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野村直之「AIなんか怖くない!」

AIを敵視するのは電子顕微鏡に嫉妬するのと同じ…「AIは自発的に問題解決」という誤解

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
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「Getty Images」より

 前回、今日の道具としてのAI(人工知能)、別名「弱いAI」の本質、深層学習が自動的に対象の特徴を抽出する仕組みを追いました。そして、AIが万能の打ち出の小槌ではないことを示しました。一つひとつの「弱いAI」は、大量の正解データの入出力の対応関係をキャプチャーすることで、その目的専用の道具として優れた性能を発揮するようになります。とはいえ、今日の「弱いAI」が実に強力なことは、十二分に強調に値します。これまで目や耳がないとできなかったから人間が担当してきた単純作業を、機械に置き換えられるようになっただけでも画期的です。

 人類史上初、「暗黙知」(なぜどのようにそれが猫なのかなど、言葉や数式で説明できない知識)をキャプチャーできる機械(AI)の出現により、画像や音声のパターン認識、それから、文字列、単語列からなる文章のパターンを機械翻訳するなどの性能は画期的に向上しました。2011年以前の画像認識は、エラー率約30%以上(前方車両の認識率70%の自動運転車に命を預ける人などいないでしょう。99.9%でも「死に急ぐな!」ですが) と使い物になりませんでした。それが、意味を読み取れない一部の人間よりはよほど正確で気の利いた認識や翻訳ができるように、ここ数年だけでも劇的に精度向上しています。

 下図1は、ImageNetという世界最大級の画像データベースを用いた画像認識競技会、ILSVRCの優勝チームの誤認識率 (エラー率)の変遷を示しています。競技会では、森羅万象の約1400万枚の正解ラベル(写っているものの名前)入り写真から、1000枚抜き出した画像に写っているものを当てる正解率を競います。2012年の深層学習登場から数年間、エラー率が劇的低下、すなわち認識精度が向上しています。

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図1 画像認識競技会ILSVRC優勝チームの誤認識率(エラー率)の劇的低下

 2015年、米マイクロソフト社のチームが、エラー率3.56%、すなわち、正解率96.44%で優勝しました。動物のテンとミンクを取り違えるなど、この課題は人間も間違えることがあります。当時人間の平均精度が 95.9%と評価されていたため、2015年暮れに、トップAIの精度が人間を超えた、と話題になりました。その後も、少しずつ精度が向上しています。

深層学習の入口と出口

 画像や音声、文章のパターンを人間以上の精度で抽出し、分類できるからといって、今日のAIが、何かを深く考えているわけではありません。膨大な正解データをもとに、入力と出力の対応関係を、脳とは似て非なる仕組みで膨大な計算することにより、キャプチャーしているだけなのです。これは、前回の「深層学習で猫の特徴が自動的に抽出される仕組み」に記した通りです。

 正解データは、入力データと出力データのペアからなります。入力が数百KB(キロバイト:文字なら数十万文字)以上の画像に正解をマーキング(「ここがアメショの猫だ」みたいに長方形で囲って名前を書いたもの)したデータで、出力が数バイトの名前文字列だったりするのは典型的な、「解析」「認識」タスク(課題)です。3種類以上の猫などを認識できるということは、入力を「分類」していることになるので、「分類タスク」とも呼ばれます。

 画像、音声を例に、入口と出口、すなわち入出力の対応関係の様々な組み合わせを7つほど図2「深層学習の入口と出口 ~様々な組み合わせ」に挙げてみました。

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図2 深層学習の入口と出口 ~様々な組み合わせ

 先の猫認識などは、1番上の「メイン被写体が1つの画像」を入力として、その名前を出力とした、最もシンプルな画像認識の例です。その次の「多種の被写体が各複数の画像」の場合、たとえば極端な場合、渋谷のスクランブル交差点を写し込んだ広角写真に写っている人の人数や、全員の名前、その他、ビルの名前やテナントの社名、動物や雲、ガラスに反射した電車など、すべてを認識せよ、と言われたらだいぶ難しくなることがわかるでしょう。ビッグデータを活用した力づくの膨大な計算により、AIが解決を得意とする課題となってきます。現時点では十分高い精度は出ていないとは思いますが。いや、自分の名前が常に把握されていたら怖いものもありますね。

 図2の上から4つ目「会議室で複数人が同時に発言」しているのを、9つ以上のマイクで発音源を正確に特定し同時に全部書きとるAIもすでに実用化されています。認識系の「超人AI」の一種です。一方、フルHDの解像度を4K (UHD)にアップコンバートしたり、モノクロ画像をカラー画像に彩色したりするのは、情報量を増やすという意味で、合成系、生成系のAIです。これらも入出力の対応関係を様々な工夫によって大量にキャプチャーさせていることには変わりありません。

 最後の、「人物が活動、行動している動画」に、その顔だけ入れ替えて、自然な表情の別人に作り替えるようなAIも実用化されています。Deep Fakeというもので、大きな社会問題になりつつあります。

AIは私たちを不毛な仕事から解放

 いくら専門能力で人間を凌駕するとはいえ、意思も自発性もない道具=今日のAIをライバル視、敵視するのは、まるで電子顕微鏡に嫉妬するみたいで、本来おかしなことです。「超人AI」といえども、できることは、その専門タスクのみ。正解データを1つ見ただけで、あるいは1つも見ないで、別種の経験からの類推、論理的思考力により、初めての接する課題を解決できる人間のような知能は(少なくともまだ)持っていません。

 庶務、雑用といわれるようなこまごまとしているけれど、実は教科書にない創意工夫を伴う仕事をこなす。日々遭遇する新しい事態に即興で対応したり、そもそも何をすればいいかを考えて、受け身でなく自発的に新しい行動を起こしたりする。自ら新種の問題を発見し、それらを解決する。これらのようなことは、少なくとも当面、見通しのきく将来にわたって、AIには無理です。

 人間は、意地や責任感、世のため人のため役に立ちたい、自己実現したいなどの欲求(拙著『AIに勝つ!』をご参照)に突き動かされて、主体的に提案しながら、行動し、責任をもってその提案の有効性を示すことができます。そして描いた大きなビジョンを実現するため、どんな手段が必要かを新たに考案し、ロードマップを描いて第三者を巻き込み、あらゆる工夫を重ねて自発的に責任をまっとうしようとします。

 以上をまとめて、図3「1人の人間を置き換えられる1つのAIはまだ存在しない」と図解しました。

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図3「1人の人間を置き換えられる1つのAIはまだ存在しない」

 ここを勘違いしていると、AI時代の働き方についての議論が成り立ちません。意識や責任感、人格をもった“強いAI”や、教わっていない多種多彩な仕事のやり方を自ら発見し、論理的思考を突き詰めて解決法を新たに発想してくれるような“汎用AI”の実現の目途はたっていません。それらは実現可能だとしてもかなり先の議論であり、SF小説とどっこいであることを肝に銘じておかねばなりません。

 今回の締めくくりに、AIは何ができて何ができないか、人間との比較をしたシンプルな図を示します。初出は、朝日新聞出版「月刊ジュニアエラ」(2019年4月号)の「特集 君たちはどう『働く』か」というもので、小学生にすんなり理解できるようにとの厳命で、誤解を恐れずまとめています。

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図4 人間とAIの能力の対比 ~朝日新聞出版「月刊ジュニアエラ」(2019年4月号)「特集 君たちはどう『働く』か」より

 本連載のタイトルは「AIなんか怖くない!」です。前回と今回の記事で、AIへの恐怖心が和らいだとすれば幸いです。そうして、AIを身近に感じ、AI導入に全力をあげたり、喜んで使いこなしたりする人が増えることを期待します。これにより、生産性が向上し、豊かな社会、個人生活、クリエイティブで楽しい職業生活を満喫できる人がぐっと増える。多種多彩な新たな仕事が誕生し(たとえばカスタマーサポートもこう変わります)、やり甲斐、生き甲斐を感じて仕事をし、生活する人が増える。労働人口の減少に追いつくかは微妙ながら、不毛な仕事から解放される人が増えることはほぼ間違いないでしょう。

「AIなんか怖くない!」と言われて、「では何が怖いの?」という質問が連想されるでしょう。そこで、次回のタイトルは、「怖いのは人間です」を予定しています。どうぞお楽しみに!

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


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