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江川紹子の「事件ウオッチ」第142回

【伊藤詩織さん「性暴力裁判」で勝訴】江川紹子が見た判決・会見…今後求められるものとは

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 刑事事件が不起訴となった理由について、先の共同通信の記事では、「発覚までに時間がかかり、証拠が集められなかったとみられる」としている。

 国家が個人を訴追し、処罰を求める刑事手続では、裁判所が採用できる証拠には厳格な要件が付される。「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従えば、検察側が「通常人なら誰でも疑いを差しはさまない程度」に有罪を立証できなければ、無罪となる。検察側は、そういう事態を嫌い、有罪判決に確信が持てなければ不起訴とする場合が多い。

 一方、民事事件は基本的に権利を巡る私人対私人の争いで、証拠の提出も刑事裁判のような厳格な要件は付されていない。裁判所は、対立する双方の主張や証拠、証言などを吟味し、どちらが信用できるか、合理的かを判断することになる。

 その結果、伊藤さんのケースで東京地裁は、山口氏の主張より、伊藤さんの訴えが信用できると判断した。信用性については、判決はさまざまな点を挙げているが、たとえばこう述べている。

〈原告(伊藤さん)が本件行為に係る事実を警察に申告した時点では、被告(山口氏)はTBSワシントン支局長として原告の就職のあっせんを期待し得る立場にあった者であるから、原告があえて虚偽の申告をする動機は見当たらない〉

 一方、山口氏の供述に関しては、次のような評価をした。

〈被告の供述は、本件行為の直接の原因となった直近の原告の言動という核心部分について不合理に変遷しており、その信用性には重大な疑問があるといわざるを得ない〉

 山口氏は、この判決を不服として控訴する方針を表明している。それは彼の権利であり、地裁判決はいまだだ確定していないことを、私たちも配慮する必要はあると思う。

 ただ、東京地裁が双方の主張を十分聞いたうえで事実認定をしており、その重みを無視することはできない。刑事事件として有罪認定されていない以上、彼を「犯罪者」と呼ぶことは適切でないが、本件判決は彼を性的暴行の「加害者」と位置づけており、「新たな客観的証拠」がなければ、この判決に基づいた論評ができないものではない。

 山口氏と代理人の北口雅章弁護士が、判決後に2度にわたって開いた記者会見での判決批判を見ても、「(伊藤さんが事件後に受診したクリニックの)カルテに書かれていることと、本に書かれていることが異なる」といった些末なクレーム、しかも地裁で主張が受け入れられなかった主張を繰り返しているだけだったように見えた。控訴審で裁判所の判断を変えようとするなら、むしろ山口氏のほうに、自身の主張を裏付ける「新たな客観的証拠」が必要なのではないか。

 ちなみに、カルテは医師が書くもので、検察官などが作成する調書と異なり、患者からの事実経過についての聞き取りが正確に記されているかどうか、患者本人が確認するわけではない。カルテの記載と伊藤さんの本での記述や法廷での供述に違いがあるといくら叫んでも、あまり意味があるとは思えない。

看過できない人格攻撃と印象操作

 記者会見での山口氏側の主張で、私の印象に残ったのは「伊藤さんは嘘つきだ」という人格攻撃だ。たとえば山口氏は、「本当に性被害に遭った方」については、「訴えるのは当然だし、それを受け止めるのは社会の義務」と言う一方で、伊藤さんに「虚言癖」があるとしたうえで、次のように述べている。

「(伊藤さんのように)必要のないウソをつく人、本質的なウソをつく人が、性犯罪被害者だと言って出てきたことによって(中略)本当に性被害に遭った方が、うそつきだと言われるといって、(訴えに)出られなくなっているのだとすれば、これは残念なことだなあ、と思います」

 しかし、伊藤さんの信用性を認めた東京地裁判決によって、「本当に性被害に遭った方」が「うそつき」扱いされる懸念は解消されたのである。本当に「本当に性被害に遭った方」を思う人であれば、ここは「残念」ではなく、「よかった」と言うべきだろう。

 さらに山口氏は、「本当に性被害に遭った方」から聞いた話として、「記者会見の場で笑ったり、上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは、絶対にない」とも述べた。

 私が、翌日の会見で山口氏が認識する被害者像について尋ねたが、前日の発言は自分の意見ではなく、あくまで「本当に性被害に遭った方」の話を引用したものだと主張。あえて、そうした話を「引用」した理由についても尋ねたが、山口氏は「私がどこを引用するか、江川さんに指示や批判をされるいわれはない」と突っぱね、答えてもらえなかった。

 そこで、この点は私の推測になるが、山口氏がこうした話を持ち出したのは、「つねに人目を避け、うつむいている」といったステレオタイプな被害者像を人々に思い起こさせ、伊藤さんのふるまいが「被害者らしくない」というイメージを与える、一種の印象操作の試みではないか。

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