
記念すべき令和元年、もっとも派手な逆転勝利を飾った日本人は誰だったか。それは、“悪質タックル”問題で大バッシングを浴び続けた日本大学アメリカンフットボール部前監督の内田正人氏に違いない。ヒール役で有名になりすぎて後ろ指を指される人生最悪の窮地から、奇跡の復活を果たした人物である。
覚えている方も多いと思われるが、2018年5月に始まった悪質タックル騒動で、内田氏に貼られたレッテルは“悪人”そのものだった。内田氏は自チームのA選手に、対戦相手の関西学院大学のQB(クォーターバック)を“潰せ”と指示を出し、A選手はパスを出したあとの無防備な状態の関学QBに後ろからタックルをかけて怪我をさせたと報じられた。関学QBが試合に出られなくなるようにしろと命じたと疑われたのだ。
世間がそう断じた理由は、テレビのワイドショーが数え切れないほど繰り返し放送した例の「レイトタックル」の映像と、傷心の加害者が勇気を振り絞って開いた誠実な懺悔の記者会見である。
当時を振り返って、大手新聞社の元論説委員は嘆息する。
「この会見の時、A選手は悲壮な表情で『監督やコーチから、試合に出たいなら相手のQBを潰せ、と指示された』と訴えました。ここから、彼を悲劇のヒーローとし、逆に監督とコーチを悪玉とする絶対的な構図が生まれ、全メディアが同調するようになってしまった。しかし、本来ならば誰か冷静な新聞記者が、一言、A選手に尋ねるべきでした。『コーチから、ホイッスルが鳴った後に、ボールから離れた場所にいるQBに後ろからタックルをして怪我をさせろと指示されたのか』とね。そう具体的に聞いたならば、おそらく彼は『具体的には指示されていない』と答えたはずです。不幸なことに、あれだけ記者が大勢いたのに、誰も一番初歩的な質問をしなかった。そのために『潰せと言われた』という抽象的な言葉だけで、監督とコーチが不法行為を強要したと決めつけられ、いくら当人たちが『そんな事実はない』と否定しても、受け入れられなかったのです」
当時、ワイドショーや新聞は、内田氏とアメフト部、さらに日本大学やその理事長たちまで十把一絡げにして、とんでもない悪い組織だと報道した。A選手は一足先に記者会見を開いて反省の弁を述べたが、後手に回った監督とコーチは記者会見を開いたものの、反則タックルを指示したことを認めなかった。選手が謝っているのに監督が非を認めないのは、潔くないし保身に走っているだけだと、マスコミ全体が勧善懲悪のムードになった。
自らも高校時代アメリカンフットボール部に所属していたキャスターの木村太郎氏が、「“潰せ”という言葉はアメフトでは日常的に使う言葉であって、“負傷させろ”という意味であるはずがない」という意見を述べると批判が殺到し、その意見は圧殺されてしまった。
低コストで視聴率が取れる話題に殺到するメディア
広い意味で“誤報”の範疇に含まれてもおかしくないような報道を、日本中のメディアが一方的に続けたのは、なかなか稀有なケースだ。その原因のひとつは、よく聞く“メディアスクラム”というフレーズでは言い尽くせない、過剰な同調圧力が起きていたためだという。
「民法各局は、朝から夕方までワイドショー的な情報番組を1日に4つから5つつくっていますが、18年の5月、6月は毎日、ほぼすべてのワイドショーで日大の問題を扱っていました。コストがかからない映像を流して数字(視聴率)が取れるので、流すのをやめられなかったのです」(テレビ局で情報番組を担当するディレクター)