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梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

電車はブレーキをかけてから何mで停止できる?新幹線は?列車脱線事故の京浜急行電鉄は?

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
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京浜急行電鉄の列車脱線事故での停止までの距離は

 それでは今回の列車脱線事故では電車が停止するまで、いったいどのくらいの距離が必要であったのかを求めてみよう。

 まずは初速度V1は京浜急行電鉄本線の最高速度が時速120kmで、快特という通過主体の列車であったことから時速120km、終速度V2は停止している状態であるから時速0kmである。空走時間tは2秒で、減速度βは全ブレーキといって通常用いるブレーキのなかで最も強いもので4.0km/h/s、文字どおり非常時に作動させる非常ブレーキでは4.5km/h/sだ。神奈川新町駅とその周囲は平坦区間であるので、勾配θは0パーミルで、係数Kは31である。

 以上から、停止までの距離は通常用いているブレーキでは566.7m、非常ブレーキでは511.1mだ。

 京浜急行電鉄によると、神奈川新町第一踏切に対する特殊信号発光機は10m手前、130m手前、340m手前と3カ所に設置されているという。これらの信号機に現示されていた発光信号を運転士が信号機の真下で気が付いたのではトラックとの衝突は避けられない。しかし、先に述べたように発光信号は大変目立つので、仮に快特列車が非常ブレーキを作動させたと考えれば、10m手前の信号機は501.1m以上手前、130m手前の信号機は381.1m手前、340m手前の信号機は171.1m以上手前でそれぞれ確認できればよいこととなる。

 特殊信号発光機がどの段階で発光信号を現示し、快特列車の運転士が果たしてどの位置からブレーキを作動させたのかは国が設置した運輸安全委員会の調査結果を待ちたいので、この話はここまでにしたい。

停止するまでの距離は列車によってさまざま

 それでは、いま紹介した計算式をもとに、全国の主な列車が停止するまでの距離を算出してみよう。

 まずは京浜急行電鉄の快特列車のような電車の列車だ。JR東日本の山手線で使用されているE235系という電車の減速度βは全ブレーキ、非常ブレーキの区別はなく4.2km/h/Sである。山手線は駅と駅との間が近いので、列車のスピードは最高で時速90kmほどであろうから、この速度から停止するまでの距離を求めた。答えは317.9mである。

 山手線の電車に乗って東京の都心部を一周してみると、案外坂が多いことに気づく。なかでも西日暮里駅から田端駅にかけては短い距離ながら34パーミルという下り坂になっていて、山手線の電車が出合う勾配としては最も急だ。

 仮に34パーミルの下り坂を時速90kmで走行中にブレーキを作動させた場合、いったいどのくらいの距離で停止するであろうか。勾配θをマイナス34パーミルとして計算すると、421.5mとなる。つまり、山手線の電車が34パーミルでの下り坂で時速90kmからブレーキを作動させた場合、停止までの距離は平坦区間と比べると103.6m延びてしまう。

 続いて、近年は見かける機会が極めて少ない客車による列車だ。筆者は2019年7月に大井川鐵道に赴き、2両の蒸気機関車が5両の客車の前後に連結されて牽引と推進とを担う列車に試乗した。車両の数が合わせて7両となるこの列車が時速60kmで走行中にブレーキを作動させたとして、停止するまでの距離を求めてみよう。

 客車による列車の場合、車両が7両のときの空走時間tは6.6秒となる。蒸気機関車の減速度βは大井川鐵道によると1.5km/h/だという。結果は443.3mとなった。時速90kmで走行していた山手線の電車が34パーミルの下り坂でブレーキを作動させたときよりも、停止するまでの距離は長い。

 貨車による列車が停止するまでの距離はどのくらいであろうか。JR貨物はコンテナを積んだ貨車を連ねた貨物列車の速度は最高で時速110kmで、このとき機関車は1両、コンテナ車は最多で24両の合わせて25両連結して運転している。ところが、貨車を牽引する機関車の減速度は同社から公表されていない。運輸安全委員会が過去に起きた事故を調査した際にDE10形というディーゼル機関車が非常ブレーキを作動させたときの減速度を調べたところ、約3.6km/h/sであったそうなので、この数値を使用した。

 空走時間tは6.3秒、係数Kは客車による列車と同じ30として、時速110kmから非常ブレーキを作動させて停止するまでの距離は659.3mである。

 最後に時速320kmと国内で最も速いスピードで走行するJR東日本のE5系・E6系、JR北海道のH5系の各新幹線電車による列車が停止するまでの距離を求めてみよう。実を言うと、E5系・E6系・H5系に限らず、新幹線の車両は最高速度からの減速度βが一定ではないので、計算式に当てはめづらい。というのも、時速200kmを超える速度から一気に最大の力でブレーキを作動させても、車輪がスリップするだけで列車はなかなか止まらないからだ。そこで、車輪がスリップしないよう、速度が高いうちは弱いブレーキをかけ、速度が落ちるにしたがってブレーキを強めるパターン制御が採用された。

 という次第でE5系・E6系・H5系の減速度は時速320kmのとき、全ブレーキでは1.3km/h/s程度、非常ブレーキでは2.1km/h/s程度で、減速度が最大となるのは時速70km以下のときで前者が2.7km/h/s程度、後者が4km/h/s程度となる。

 参考までに時速320kmのときの減速度を当てはめて停止までの距離を計算してみた。E5系・E6系・H5系の場合、全ブレーキでは1万1117.9m、非常ブレーキでは6950.3mとなる。さすがに長い。

 JR東日本によると、実際には時速320kmから非常ブレーキを作動させると停止までの距離は4000m弱だという。減速度を最大の4km/h/sとすると、停止までの距離は3733.3mで、3.8km/h/sでも4000m弱と呼べる3920.5mだ。パターン制御で得られる実質的な減速度は案外大きいことに驚く。

(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)

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