山口敬之氏の逮捕を中止した中村元刑事部長が警察庁長官目前…安倍政権下で大出世

山口敬之氏(右後方)、FCCJで会見 記者席に伊藤詩織さん(写真:日刊現代/アフロ)

 ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之氏から性暴力被害を受けたとして損害賠償を求めていた民事裁判について、2019年12月18日東京地裁709号法廷で判決が下った。「支局長の立場に乗じ、就職斡旋をチラつかせ、性暴行をはたらいた」とする詩織さんの主張が認められ、330万円の損害賠償の支払いを山口氏に命じた。一方、山口氏は「伊藤さんの記者会見での発言などで社会的信用を奪われた」として詩織さんに慰謝料を支払うように求める反訴を行っていたが、これは棄却された。

  シェラトン都ホテルで、詩織さんが山口氏に暴行されたのは、2015年4月4日未明。詩織さんからの刑事告発状を受理した警視庁高輪署は捜査を進め、裁判所からの逮捕状の発布を受けて、6月8日、アメリカから帰国する山口氏を逮捕すべく、成田空港で張り込んでいた。しかし、当時の警視庁刑事部長の中村格氏から逮捕中止の命令が入った。捜査員たちは通り過ぎていく山口氏を、ただ呆然と見送るしかなかった。

 裁判所が発布した逮捕状に関して、たとえ幹部であろうと警察がその執行を止めるなど、通常はありえない。もちろん、別の証拠が出て来て逮捕状発布の条件が変わったなどの例外はあるが、この件に関してはそうではない。中村氏本人が逮捕中止に関して「私が決裁した」と「週刊新潮」(新潮社)の取材に答えているから、これは動かぬ事実だろう。

 山口氏には安倍晋三総理に関する『総理』『暗闘』(いずれも幻冬舎)の著書があり、総理に直接電話で話ができる記者であった。『総理』は2016年6月9日、『暗闘』は2017年1月27日に発刊されている。逮捕されていれば、どちらも世に出ていなかった可能性が高い。

「忖度」がまかりとおる日本の司法

 本来は、他人の心情を推し量ることを指した「忖度」が、ここ10年、自分の身分を守るために上位者の意向を窺って行動するという意味に変わってしまった。

 中村氏は逮捕中止の後、組織犯罪対策部長兼生活安全局付兼刑事局付兼官房付、総括審議官兼警備局付と出世を続け、現在は警察庁長官官房長、次は警察庁長官の椅子が待っていると言われている。書類送検を受けた東京地検は、16年7月に不起訴処分とした。中村氏と同様の原理で動いたのだろう。

 全国29万人の警察官のほとんどは、犯罪を抑止し、起きてしまった犯罪に対しては、加害者を捕らえるべく、地を這うように職務に従事している。それを尻目に、警察幹部たる中村氏は、官邸お抱え記者とも言われた山口氏を守るために、性暴力被害を握りつぶした。

 マスメディアでは、伊藤詩織さんvs.山口敬之氏の構図で語られがちなこの裁判だが、詩織さんが闘っているのは、国家権力の腐敗である。

 司法の世界にも忖度はある。福井地裁で14年に大飯原発差し止め判決を出し、15年に高浜原発差し止め判決を出した樋口英明裁判長は、名古屋家裁に異動させられた。もちろん家裁の判事は重要な仕事だが、樋口裁判長の経歴から考えれば極めて異例だ。どちらの判決も大阪地裁で覆った。国策に沿わない判決は上級審で覆され、判決を下した裁判官は家裁に回されたり、全国の地裁を転々とさせられたり、出世コースから外される。

 日本国憲法第76条3項には「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と裁判官の独立が書かれている。もちろんこの通りに判決を出すことはできる。だが、その後どうなっても知らないよ、というのが現実だ。最高裁判所事務総局が人事権を握っているからだ。長期的な視点に立てば裁判官の独立などはなく、他の多くの憲法の条文と同じく第76条は空文化している。裁判官のほとんどは「判例タイムス」に載る最高裁判決や最高裁判所事務総局見解を目を皿にして読み、その意向を汲んで出世を目指しているのだ。

 鈴木昭洋裁判長は「酩酊(めいてい)状態で意識のない伊藤さんに合意のないまま性行為に及んだ」として山口氏に損害賠償の支払いを命じた。証拠を精査し法理に則った、良心に従った判決である。

山口氏は“ジャーナリスト”なのか

 控訴した山口氏は、記者会見で以下のように語った。

「本当に性被害に遭った方は、『伊藤さんが本当のことを言っていない。こういう記者会見の場で笑ったり、上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは絶対にない』と証言しているんですね。今、伊藤さんは世界中で露出をして本当の性被害者として扱われている。本当の性被害にあった方が、嘘つきだと言って出られなくなるのならば、残念だなと思います」

 ここに山口氏の本音が露呈している。まさか詩織さんが名前や顔を出して告発してくるとは思わなかったという自分の誤算を、あからさまに語っているのだ。確かに、性犯罪の被害に遭った女性は、二次被害を恐れて沈黙するか、告発する場合でも名前も顔を出さない場合がほとんどだ。詩織さんのように、山口氏の記者会見にまで参加する被害者は前例がない。

 2019年、リチウムイオン二次電池の開発で吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞した。人類の大多数はノーベル賞に値する発明などしない。だからといって、発明をする人間などいないとは言えない。2019年10月12日、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手は、ウィーンで行われたINEOS社主催の特別レースで、1時間59分40秒というタイムを記録した。フルマラソンを2時間以内で走る人類は彼以外にはいない。だからといって2時間以内で走る人類はいないとは言えない。

 当たり前のことだが、大多数がそうだから、そういうことはありえないというのは、なんの論証にもならない。今まで知られていなかった事実、今まで信じられていたことを覆す事実を探し出してくることは、ジャーナリストの重要な仕事だ。イギリスの作家、ジャーナリストのジョージ・オーウェルは、「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。それ以外のものは広報にすぎない」という言葉を残している。山口氏は果たして、ジャーナリストと呼べる存在だったのだろうか。

 自分と飲んでいた女性がまともに歩けないほどの酩酊状態に陥ったら、ほとんどの男性は彼女を病院や自宅に送る。そんな女性をホテルに連れ込んで性暴力を加えるということは考えられない。だからといって、そういう男性がこの世に1人もいないとは言えない。

 詩織さんの訴えは第三者の証言でも裏付けられており、一方、山口氏は自身の供述が食い違ってしまっている。そうしたことを見て、鈴木裁判長は厳正に判決を下した。

 良心に従った判決も上級審で覆される場合がある。この裁判の行方はどうなるのだろうか。裁判官は法廷に出された証拠にのみ基づいて判決を下すのが建前。だが実際には上位者への忖度も行われるし、世論も気にするものである。

 メディアに居場所がなくなった山口氏は、安倍政権としては用済みの存在である。そして安倍政権そのものも、急速に求心力を失っている。世論は圧倒的に伊藤詩織さんを支持している。そう考えると、上級審でも同様の判決が出るのではないだろうか。 

(文=深笛義也/ライター)

深笛義也/ライター

1959年東京生まれ。横浜市内で育つ。10代後半から20代後半まで、現地に居住するなどして、成田空港反対闘争を支援。30代からライターになる。ノンフィクションも多数執筆している。

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