ゴーン被告、日本人を「のろま」等と侮蔑の限り尽くす…英雄扱いしていた日本メディアの画像1
ゴーン被告が無断出国 夫妻でインタビュー応じる(写真:ロイター/アフロ)

 日産自動車の元幹部は、“ゴルゴ13”の登場を切望している。超一流のスナイパー、デューク東郷である。

 元幹部の年賀状には「日産の今を憂うる」と書かれていた。年賀状を投函したのは、カルロス・ゴーン被告が海外に高飛びする前だった。会ったのは5年ぶりだったかもしれない。ゴーン被告の手で僻地の日産ディーラー社長という名のマネージャー(販売員)に左遷され、3つか4つのディーラーの経営をやり遂げ、定年を迎えた。年賀状に書かれた住まいの所在地が何度も変わったのを筆者は憶えている。

 幹部会でゴーン被告の話に疑問を呈して、「ドント・ティーチ・ミー」(Don’t teach me)と言われた経験を持つ。別の会議で疑問・反論を試みたところ「ネバー・ティーチ・ミー」(Never teach me、黙らっしゃい)と叱責されたそうである。ゴーン被告は「激昂してくるとフランス語になる」(別の日産元幹部)というのは、どうやら本当らしい。

 目下、ゴーン被告はレバノンのベイルートで言いたい放題である。ブラジル有力紙の取材で「日本人はのろまで、準備と計画、理解にたくさんの時間をかける必要がある」と述べ、「自分はクレバー(clever)だからレバノンに逃亡できたのだ」と胸を張った。「逃亡を成功させるには、あなたは素早く(日本人を)驚かせなければならない」と日本人を嘲笑する発言を重ねた。

 フランスの国際ニュース専門テレビ・フランス24のインタビューでは「日本の司法制度は北朝鮮のそれだ」とまで言い切った。「私はまるで北朝鮮や中国、旧ソ連時代のロシアにいるようだった」と逮捕・起訴、そして保釈中の生活を振り返った。

 ゴーン被告の行動を思い返してみると、彼が公式の場で日本語を喋ったのは、日産に登場した最初のシーンだけだったように思う。「わ・た・く・し・は、ルノーのためにきたのではありません。ニッサンのためにやってきました」と、たどたどしい日本語で決意表明をした。筆者は再三再四「ゴーンは日本人を、日本を舐め切っていた」と書いているが、誰がゴーン被告をここまで増長させたのだろうか。

“ゴーンチルドレン”たちの罪

 それは、ゴーン被告の周辺で待遇並び金の面でいい思いをした“ゴーンチルドレン”たちであり、“ミニ・ゴーン”と化した経営首脳たちである。A級戦犯の一人が西川廣人前社長兼CEOであることは論をまたない。

 ゴーン会長(当時)が逮捕される以前の半年間の取締役会の開催時間を見てみると、どんな複雑なテーマでも時間はかかっていない。30分以内ということがかなりある。取締役会議長のゴーン会長が一方的に喋って、他の役員はそれを追認するだけ。極言するなら、西川CEOの仕事は事務連絡係であった。命令口調の英語でとうとうと皇帝・ゴーンが喋り、疑問・反論もないまま、重要な決定がなされてきたのである。

 ゴーン被告をここまで増長させたのは日産の経営陣である。ゴーン被告をヨイショして、ゴーン礼讃本を量産した日本の経済ジャーナリズムが共犯である。筆者が「月刊現代」(講談社)を舞台に「ゴーンは経営者としてまがいもの」というキャンペーンを張れたのは、「『月刊現代』に日産自動車の広告が入らなかったから」(担当編集者)である。日産の広告出稿量は半端ではなかった。だからといって、それを理由にゴーンの経営者像をきちんと結ばなかった経済ジャーナリズムの怠慢ぶりが許されるわけではないが、日産なかんずくゴーン批判がタブーになっていた媒体が存在したのは事実である。

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