篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック、オペラ劇場を悩ます“火災の呪い”…想像を絶する厳重な防火設備

 現在は、しっかりと安全対策をされた最新の電気系統なので、出火の可能性は限りなく低いですし、もし何かあったとしても、すぐに消火できる設備も整っているので、ご安心ください。今でも、舞台上の効果のために火を灯したロウソク等が使われていますが、日本の劇場では、たった1本のロウソクでも消防署に届け出をしなくては違法となるくらいの厳しさですし、関係者に聞いたところ、ときどき抜き打ち検査まであるそうです。そして万が一、舞台上で火災が起こった場合には、大劇場の多くは、舞台前面を覆う巨大なシャッターが速やかに下りて舞台と客席を遮断し、客席に火煙が行かないような設備があるそうです。

 リング劇場を燃やしてしまったウィーンをはじめとしたオーストリアの劇場はもっと厳しく、火を使う場合には舞台裏に怖い顔をした消防士がひとり立っていなくてはなりません。オーストリアでは、舞台からの火煙を遮断する壁を観客に見せなくてはいけないという法律まであり、緞帳(開演前と開演後に下ろす大きなカーテン)が火煙を遮断する素材でできているそうです。その大きな緞帳には美しい装飾も施されており、ときどき新調されてデザインが変更された際には、ウィーンのオペラファンの批評の的になったりするのです。

3度も火災に遭った劇場

 ところで、もっとも“災難な劇場”はどこでしょうか。それは“水の都”イタリア・ヴェネチアにあるフェニーチェ劇場でしょう。イタリアの巨匠ヴェルディの『椿姫』が初演された伝統あるオペラ劇場で、劇場内の装飾も美の粋を集められている文化財としても貴重な建物です。しかし、もともと焼失した劇場の跡地に建てることになったのが、呪いの始まりだったのかもしれません。あろうことか、せっかくつくったにもかかわらず、完成間近に火災にあってしまったのです。その後、1792年に完成したものの悲劇は終わらず、1836年に2度目の焼失をしてしまいます。

 それでもヴェネチア市民の力によって、たった1年後に再建され「まさにフェニーチェ(不死鳥)だ」と呼ばれたことから、その後、“フェニーチェ劇場”と呼ばれるようになりました。しかし不死鳥は、伝説では自ら炎に飛び込んで死に、再びよみがえる火の鳥なのです。

 そんな不吉な名前を安易に付けてしまったのが間違いだったのか、1996年に3度目の火災が起きて、絢爛豪華な建物が再び廃屋同然となってしまったことは、オペラファンの方々であれば記憶に残っているかもしれません。とはいえ、現代では漏電や舞台上での火の使用による火災は考えられません。のちに判明した、この火災原因は放火でした。しかも驚くことに、電気工事を担当した会社の経営者が、工事の遅れによる契約違反の罰金を恐れて火をつけたのです。

 そんな不遇にもめげずにヴェネチア市民は8年後、120億円かけてフェニーチェ劇場を完全に再現して、不死鳥のごとく復活させたことは世界中でニュースとなりました。最新の防火設備も整えられているはずです。

 日本でも昨年は、沖縄の首里城焼失という悲しい出来事がありました。戦中に破壊されたにもかかわらず、沖縄の人々も願いの強さによって再建された建物です。最新の防火設備とともに、不死鳥のように再びよみがえってほしいと思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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