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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

一流大リーガーから野球防具の注文殺到、5人のグローバル企業「ベルガード」とは

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
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「ベルガード製防具」を愛用するロビンソン・カノ選手

「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

 2月1日、プロ野球(NPB)12球団のキャンプがスタートする。令和時代となっても、昭和時代から人気のプロ野球の動向は、多くのメディアが報道する。選手のパフォーマンスを支える野球用品メーカーも忙しい時期だ。

 そのなかに「ベルガード」という埼玉県の小さな会社がある。特に捕手が着けるマスク、プロテクター、レガース、打者が手足に着けるアームガード、フットガードといった「防具」に定評がある。今では多くのメジャーリーグ(MLB)選手も愛用するブランドだ。

 本連載では定点観測として、同社を何度か紹介してきた。後述する視点が、ビジネスパーソンの参考になると考えるからだ。まずは防具の現状から紹介しよう。

「現在、ベルガードの防具はメジャー30球団のうち、9球団の4番打者(経験者)が使っています。もっとも有名なのは、ニューヨーク・メッツのロビンソン・カノ選手。MLB通算2500安打と300本塁打を記録した大物ですが、10年以上も愛用してくれています。また、昨年はケガに泣いた同僚のヨエニス・セスペデス選手や、ニューヨーク・ヤンキースのジャンカルロ・スタントン選手、今年から東京ヤクルトスワローズに入団した、アルシデス・エスコバー選手(元カンザスシティ・ロイヤルズ)も愛用者です」(永井和人社長)

 前身のベルガード株式会社は2012年に経営破綻したが、同社社員だった永井氏が商標を引き継ぎ、新会社・ベルガードファクトリージャパン株式会社を設立。最新の売上高は倒産時の数字に並んだ(金額は非公表)。破綻前の3分の1の社員数(達成時は4人。現在は5人)での快挙だ。倒産から8年でここまで復活したのは、人脈を駆使した販売促進とコスト低減にある。

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セスペデス選手は、永井氏あてに製品を愛用する様子の画像を送ってくれたという

防具でブランド力が上がり、グローブに波及

 良質なモノづくりが前提だが、「人脈マーケティング」ともいえる手法を説明しよう。

 カノ選手のようなMLB選手が同社の防具を好むのは、その機能性に納得したからだ。使い勝手は、実際に使用する選手の要望に応じて細かく調整する。かつてMLBでは防具をつけない選手も目立ったが、ケガ防止で使用する選手が増え、同社の存在感も高まった。

「もともとは十数年前、日本人の知人がシアトル・マリナーズのチームトレーナーでした。彼を通じてチームの選手たち――当時マリナーズのカノ選手もそのひとり――が使い始め、その後、別のチームに移っても使い続け、口コミで広がっていったのです」(永井氏)

 人気選手のなかには、愛用する防具の画像をSNSで自ら発信する例もある。それが注目され、同社商品への関心がほかの用具にも波及。特にグローブは年々販売数が増加している。

 現在は「ベルガード」と「アクセフベルガード(AXF)」ブランドのグローブが中心だ。ちなみにグローブの希望小売価格は、前者ブランドが軟式用・2万8000円、硬式用・4万5000円からで、後者は6万円から(いずれも税別)と高額だ。

武州和牛グローブ」(武州和牛ストロングレザーシリーズ)ブランドも開発した。

「武州和牛は2000年代に入ってから誕生した埼玉産の牛で、皮本来(革になめす前)のシワも復元力が強く、機能性の高いグローブとなっています。素材、革をなめすタンナー(株式会社ジュテル・レザー)、メーカーもすべて “オール埼玉”として開発しました」(永井氏)

 グローブも「使いやすくてデザイン性もいい」という声が高まり、ネット販売が伸びた。

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新開発した「武州和牛グローブ」。高価格(5万4000円+税など)だが、指先まで力が伝わるという

「商品カタログ」など管理費も見直した

 こうしたコラボレーション商品が開発できるのも、同社のブランド力が上がった証拠だ。倒産後の7年間を注目度で並べると、以下の流れとなっている。

・「防具をOEMから自社ブランドで訴求」→「MLB有名選手が愛用」→「ブランドの認知度が高まる」→「一般消費者の購入も増加」→「コラボ企画が次々に舞い込む」

 補足すると、倒産前の前身企業はOEM(相手先ブランドでの供給)だった。それを新会社は自社ブランドに切り替え、ブランド名が前面に出た。以前から愛用する有名選手もいたが、SNS発信なども手伝い、ブランド認知度が高まったのだ。さらにNPB有名選手や他競技の著名アスリートも愛用するAXFのネックレスも人気となった。

 ネット社会の進化を踏まえ、広告費用も見直した。前身企業では多額の経費をかけて商品カタログ(印刷物)を製作したが、新会社ではウェブ版中心。商品を並べた内容で画像撮影も社内で実施する。今や愛用者が自ら発信するSNSも、カタログ的役割を果たす。

「倒産前の会社では、企画と製造という両方の業務に携わっていました。その視点で業務を洗い出し、経費節減できる部分は抑えていったのです」(永井氏)

 筆者が最初に同氏を取材したのは12年前。前身企業の社員時代だ。交換した名刺の「生産・企画」という肩書に興味を持ったが、当時からミシンで防具製作もする職人でもあった。ネットを活用した管理面の見直しは、社員時代の冗費に対する違和感からだろう。

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埼玉県にあるベルガードの本社

韓国市場は7割減、グローバル展開のリスク

 一方でネット時代は、購入条件が整えば世界市場も相手にできる。ただし、リスクがある。

 もともとベルガードは、韓国市場に強かった。これも人脈からの展開で、韓国プロ野球選手が同社の防具を愛用し、韓国代表チームにも納品してきた。その流れで、同国の消費者が愛用し始めたのは、前述と同じ流れだ。

 だが、ご承知のように、日本と韓国の関係は悪化している。経営者の認識も同じで、1月7日付日本経済新聞記事によれば、「日韓関係の悪化が自社の事業に影響を与える」と考える経営者は、韓国側が47%、日本側が35%だった。

 現在、ベルガードの事業は「韓国市場は7割減」だという。幸い、総売り上げに占める韓国市場は大きくなかったが、カントリーリスクは、軌道に乗った活動への注意信号だ。大企業よりも小回りのきく中小企業こそ、「本当の顧客は誰か」を自問自答していきたい。

自社の最大の強みは「プレー中の身体を守る」

 これまで紹介したように、ベルガードにはコラボ商品のオファーも多く、それも知名度を高めてきた。前述したAXFのネックレスは累計販売数が約10万本。だが永井氏は、事業展開の再構築も考えている。

「当社の強みは野球用防具に代表されるように、プレー中の選手の身体を守る機能性です。実はサッカー選手のシンガード(レガース)もIFMC.(特許技術)を使い企画生産していますが、特徴を生かせる商品に注力したいと考えています」(永井氏)

 前述した復元力の強いグローブは、同社の強みそのものだ。イベントなどの際に試しに使ってもらうなど、価格に見合った価値の訴求も行っていく。

 また先日、永井氏は奈良県に出張した。目的は野球用スパイクの開発だ。これも縁あって知り合った企業との連携だという。

「『JCJAGUAR』(ジェイシージャガー)という自社ブランドを展開するジャガーズ創工さんと商品の共同開発を考えています。先方の強みと当社の強みを見据えつつ、今後細部を詰めていきます」(同)

 社員数が少ないメーカーという現状を踏まえ、自社でできること・相手先に委ねることを整理したうえでの展開になるのだろう。

NPB選手が「自腹で買うメーカー」を目指す

 V字復活を遂げたベルガードだが、長年の願望がある。「NPBの日本人選手が自腹で用具を買うメーカーになりたい」という思いだ。

 これには説明が必要だろう。日本のプロ野球界も、さまざまな問題を抱えている。メーカーから見た悩みは「無償提供が当たり前」と考える選手の意識だ。

 昭和時代から大手メーカーは、有名プロ野球選手には多額の契約金を支払った上で、用具の無償提供を続けてきた。それが進み、将来有望なアマチュア選手にも無償提供をしてきた。そうした意識のままプロになると感覚も鈍る。なかには受け取った用具を支援者などにプレゼントし続け、メーカーに対して次々に新品を要求する選手もいる。業界関係者はこう話す。

「無償提供の慣習がレギュラー選手以外にも浸透し、そうした意識の二軍選手もいます。メーカー側も関係を見直しますが、完全にはなくなりません。昔ほど商品が売れる時代でもないので、過度の無償提供はメーカーの収益を圧迫しているのです」

 MLBの選手にはそうした意識は低く、有名選手が自ら注文する例もあると聞く。一般会社員から見れば夢のような金額を手にする選手ゆえ、「気に入った用具は自腹で買う」のだ。ベルガードの目指す道もここにある。

「当社は『Made in Saitamaのメーカー』として、これまでどおり丁寧なものづくりを心がけたい。その結果、買っていただける日本人選手を増やしたいですね」(永井氏)

 選手に媚びるのではなく、振り向いてもらう。そんな用具メーカーの今後に注目していきたい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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