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榊淳司「不動産を疑え!」

武蔵小杉“居住不能事件”以後、世間のタワーマンションへの評価低下が鮮明に

文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト
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 そういった人々にとっては、台風19号によって電気と水道とトイレが使えなくなって、一定期間にしろ居住不能となった武蔵小杉タワマンのニュースには、好奇心がそそられたのであろう。下世話な言い方をすれば「ムサコマダム、ザマア」という感情だ。

 そんなタワマンへの複雑な感情は、せいぜい数カ月程度で消えてしまうのかと私は考えていた。しかし、どうやら違ったようだ。2020年になってからは、タワマンという住形態に対する疑念を呈するようなメディアの企画が、いくつも私のところに持ち込まれた。どうやら、あの武蔵小杉のタワマン被災をきっかけにして、タワマンという住形態そのものに対する世間の見方が変わりつつあるようだ。

造形的に醜悪だと捉える感覚

 私は2019年の6月に『限界のタワーマンション』(集英社新書)という拙著を世に問うた。それまでタワマンというのは賞賛の対象ではあったが、否定的な見解を提示している書物はなかった。この拙著を出したことによって、多くの一般消費者から「やっぱりタワマンはちょっと危ない住まいだったのですね」的なことを言われることが多くなった。また、取材にやってくるメディアの少なからぬ人士が「前からタワマンに違和感がありましたが、この本を読んで納得できました」的な感想を述べてくださった。

 つまり、台風19号による被災事件の以前から、タワマンそのものに疑問や違和感を抱いていた人々は一定数存在したのだ。それが、あの出来事で一気に表面化したのではなかろうか。

 私は昭和時代の京都で生まれ育った。ご存じの通り、京都にはタワマンがない。超高層な建物は一部のホテルくらい。それも市の中心部からは幾分離れたところにある。そういった環境で育ったせいか、東京にやってきて初めてタワマンを見た時には恐ろしい違和感が心の中に生じた。

「人間は果たしてこんなものを、つくってよいのか」

「こんなところに住むべきなのか」

 しかし、多くの人がタワマンに喜んで住み始めた。普通のマンションよりも価格が高いのに、それを払って住むことに喜々としている。私は長らく変わっているのは自分で、世間の大多数はタワマン好きであると考えてきた。まあ、そういったことは私の人生ではままあることなので、気にもしなかった。

 しかし、ある時にタワマンに対して否定的な見解を表明したら、かなりの反響があることに気付いた。それも、私の考えを頭から否定するようなヒステリックな内容が多かった。

 人間は痛いところを衝かれた時に、そういった反応をすることが多い。ジャーナリストとして活動する私にとって、自分の見解に対する否定的な反応はむしろ歓迎すべきなのだ。なんといっても、それだけ私の考えが逆に刺さっている、ということなのだから。

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23:30更新
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