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ソフトバンク技術者がロシアのスパイに狙われる理由…5Gのため中国人技術者を積極雇用か

文=編集部、協力=浜田和幸/国際政治学者
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セヴァストポリ市を視察するプーチン大統領(中央:Mikhail Svetlov / gettyimages)

 警視庁公安部は1月25日、在日ロシア通商代表部の幹部職員の求めに応じて会社の営業秘密を不正に入手したとして、元ソフトバンク社員の荒木豊容疑者(48)を不正競争防止法違反容疑で逮捕した。その手口はロシアの古典的な人的諜報活動そのもので、情報通信業界に衝撃を与えている。昔から「スパイ天国」と称されてきた日本で、何が起こっているのか。

「普通の技術者」「どうして彼が」

 警視庁の発表によると、荒木容疑者は2019年2月に当時勤務していたソフトバンクの会社サーバーに接続。同社の営業秘密を含むデータ2点を記憶媒体に複製した疑い。荒木容疑者は容疑を認めており「小遣い稼ぎのためにやった」「飲食のたびにお金を渡されていた」などと述べている。一方で、警視庁は荒木容疑者に金を渡していた外交官とすでに帰国した元通商代表部の職員の計2人対して出頭するようロシア大使館に呼び掛けているが、外交官不逮捕特権もあり、逮捕・拘束は厳しい情勢だ。

 荒木容疑者はソフトバンクに在籍当時、自社の通信設備のインフラ整備を主に担当していたという。同社の関係者は次のように語る。

「荒木さんは金に困っているようにも、ましてやスパイまがいな不正を行っているような人物には見えませんでした。情報通信産業に属している他の多くの技術者と同じく、普通の社員です。会社中枢の幹部というわけではなく、『どうして彼が』と驚いています」

 冷戦期まで旧ソ連やアメリカなどの諜報機関は政治家や官僚、企業の重鎮など組織中枢で機密情報にアクセスしやすい人物をターゲットに工作を続けてきた。一方、今回の荒木氏は、諜報活動の司令塔ともいうべきロシアの在外公館関係者が直に出向いて諜報活動を行う人物としては異例に思える。

なぜ現場の技術職が狙われたのか

 大手情報通信会社の幹部は次のように話す。

「企業の戦略や中枢技術の盗用ではなく、そもそも情報インフラの構造そのものがターゲットになっているのではないかとの印象を受けています。現在の情報通信技術の構造はどこかひとつにハブがあって、それを手に入れればすべての技術や情報が手に入るわけではありません。逆にネットワークの末端が数えきれないほど広がっているからこそ、すべてを防衛するのは難しいともいえます。今回の事件のように現場の人間を懐柔して、複数の末端の情報から全体像を把握したり、懐柔した人物を通じてシステムに複数のバックドアを設けておいて、有事の際にサイバー攻撃を行う起点にしたり、情報取得の方法はいくらでも考えられます。

 ソフトバンクをはじめ、大手携帯キャリア各社は5Gの導入を急いでいます。この技術で先進的な技術を持っているのは中国とアメリカです。そのため、両国の技術者を雇入れて事業を進行しています。国籍が違うとか、金に困っているとかの理由で同僚を疑いたくはありません。また事業が進めば進むほど人手が必要な状況なので、会社としても雇っている人物の背景を気にしている余裕はないでしょう」

 今回のロシアのスパイ活動をどのように見ればいいのか。元外務大臣政務官で国際政治学者の浜田和幸氏は次のように解説する。

【浜田氏の見解】

 今回の元ソフトバンク社員の事件は氷山の一角であることは間違いありません。

 戦後の冷戦時代、日本が驚異的な経済成長を遂げ、「アメリカを追い越すのではないか」と思われた時期がありました。当時の日本は少なくとも技術面で世界的なシェアを獲得していました。

 同盟国であるアメリカにとっても、そうした日本の動きは脅威でした。日本がどんな国家戦略のもとで、どのような技術に注力しているのか。政府関係者や政治家の動向や考え方を探ろうと、東京を舞台にアメリカのみならず、世界の大国がしのぎを削ってきました。

 ワシントンの戦略国際問題研究所に勤務していた時期に、知り合ったアメリカ政府関係者から、「東京の赤坂にあるアメリカ大使館のすぐそばのビルに、米海軍の情報機関が事務所を抱えていて、彼らはターゲットとしている日本政府高官、政治家の行動を24時間監視し、電波を傍受している」と聞いたことがあります。その報告頻度は、東京からワシントンの国防総省に30分に1回の割合。「誰が」「いつ、どこで」「誰と会って」「どんな話をしたのか」すべて筒抜けということでした。

 2013年に発覚した諜報機関によるドイツのアンゲラ・メルケル首相の盗聴事件でも明らかなように、アメリカにとって同盟国であろうと敵対国であろうと関係はありません。すべて潜在的な脅威なのです。

 アメリカが同盟国の日本に対してそれだけ情報収集しているわけですから、中国、ロシアなど日本が潜在的な脅威とみなしている国家が行っていないわけはありません。

ターゲットの頭の中を探りだすことが目標

 ロシアや中国の在日大使館や通商代表部の主たる任務は、日本の政治家や経済界の重鎮、ITなど国防に直結する分野で技術的な情報やノウハウや知見を持っている人たちの頭の中を探りだすことです。

 中国のハッキング集団による三菱電機へのサイバー攻撃など、最近はサイバーテロによっていろんな技術情報を盗むことも頻繁に発生しています。その一方で、人間の頭の中はサイバー攻撃では確認できません。だからこそ、今も古典的な人的諜報活動の重要性は落ちていません。典型的な例ですが、ロシア大使館は年中、なんらかのレセプションを開き、文化使節団を通じた経済交流を行っています。

 今回の事例で言えば、大使館のレセプションなどを使って、対象となる日本人と知り合い、『個別に食事をしましょう』とか『軽く一杯飲みましょう』と関係を進めていきます。そうするなかで、その人の置かれている立場や悩みを聞き出します。最初は『お車代です』などと言って1万円を渡し、お金をもらうことに対するハードルを下げていき、やがてその日に話した情報次第で払う値段を吊り上げていきます。

 こうした活動に力を入れる背景には、民間レベルの日露間の人的・経済的な交流が低調な現状があります。例えば毎年、中国から日本には970万人の観光客がきています。日本から中国に向かう観光客は約200万人です。

 一方、ロシアから日本に来ている観光客は20万人以下です。日本からロシアに行く人はさらに少なく10万人台です。

 今回、ソフトバンク元社員への諜報活動でクローズアップされているロシアの駐日通商代表部には、ロシアの最新商品の展示コーナーがあります。しかし展示してあるものが、日本人の好みに全然あいません。品揃えも貧弱だし、包装も粗雑で日本人の購買意欲を刺激しません。ことほど左様に、思ったような結果がでない状況です。

 現時点での、ロシアの外貨獲得手段のメインは石油や天然ガスなどエネルギー関係ですが、観光、農業、水産業などに産業の幅を広げていく方針を示しています。特に日本とは、政府首脳レベルで北方領土の海産物や観光、エネルギー再利用などに関して、日露間で協力しようという方針になっているのですが、実務レベルではまったく進んでいません。

 「日本は本気でやる気があるのか」と、プーチン大統領にはいら立ちがあるようです。少なくともプーチン氏は「安倍晋三首相と27回もひざ詰めで話をしている」という自負があります。その結果、駐日通商代表部も本国からいろいろせっつかれているというのが実情です。

 ロシアには資源があっても、自力で商品を開発する力が乏しく、世界的なニーズにこたえるインフラ整備が遅れています。通信も物流もとても遅れています。特に日本が進めている次世代の通信技術である5Gと6Gは手が出るほど欲しいでしょう。

 極東での地政学的にロシアは日本と組むか、中国と組むかしかありません。日本はノーベル賞の受賞者も多く、知識やノウハウの蓄積はあるけれど、そうした技術の商業化や世界的なマーケティング戦略の面で立ち遅れています。ロシアや中国は日本の持っている頭脳をうまく生かして、ビジネス化したいと考えている。それが彼らの諜報活動の最大の目的です。

ロシアの日本に対する高い期待値

 ロシア人は海の食べ物をあまりあまり好まない傾向があります。例えば、ワカメや昆布などの海藻類はこれまで捨てられていました。ところが、最近になって海藻に含まれている成分が延命長寿につながることが注目されています。日本人が食生活のなかで、海藻をうまく摂取し、長寿に役立てている食習慣が広まっているのです。

 ちなみにロシア人の平均寿命は60代です。日本の長寿はうらやましくてしょうがありません。そこでプーチン大統領の肝いりで、サンクトペテルブルク市に延命長寿研究センターを建設しました。遺伝子組み換えの技術などを生かして、ロシア人の長寿化の研究を続けています。  民間でもワカメやモズクを使ってロシア人の大好物のチョコレートを開発して広めようという動きがあります。

 一事が万事、ロシア人の日本に対する高い期待値があります。中国とも協力していますが、中国は人口が多く、最近では多くの中国系移民がシベリア方面や沿海州に押し寄せています。一方で日本は領土的な野心はないし、人口も減少しています。どちらかがより利用しやすいかというと、やはり日本になるでしょう。

日本にスパイ防止法はない

 今回、ソフトバンクの関係者は現場の技術者でした。ソフトバンクでは今回、スパイ活動のターゲットになったような技術者が大量に採用されていて、待遇が特別に良いというわけではありません。しょっちゅう人の入れ替わりがあります。そして、「自分は孫正義さんに憧れて、会社に入ったけれど、現場で思ったような仕事をさせてもらえない」とか「自分の仕事や実績を正当な評価がなされていない」という不満が蔓延しています。政府高官や企業幹部と違ってガードも薄く、容易に攻略しやすい特性があります。

 また日本人の頭脳、陸上自衛隊の幹部候補生たち、防大生たちも恰好のターゲットになっています。こちらは古典的なハニートラップで、中国が得意としています。自衛隊員が中国人女性と結婚する事例も増えています。目標となる人物の人脈や情報、技術を入手するには、どういう手段が一番良いのか。米露中はよくわかっています。

 日本にスパイ防止法はありません。まさにスパイ天国ともいえる状況です。防衛関係者やロボティクス、ITなどの先端技術に関わっている人たちに気概を持ってもらうしかありません。代々受け継いできた技術や先人たちの努力の蓄積があって、今日の日本経済があるわけです。それを他国に「いいとこどり」をされてしまえば、日本の未来は衰退の一途です。

 世界経済ではアメリカと中国がシノギをけずり、日本は後塵を拝しています。自分個人の目先の利益にとらわれて裏切ってしまえば、自分の所属している企業が倒産したり、アメリカや中国の企業の傘下に吸収されたりして、結果的に職を失う可能性もあります。

 昨年末に発覚した秋元司衆議院議員をめぐるIR汚職疑惑もそうです。国政を担う人間が目先の小さな利益を優先して、簡単に他国に寝返っている。政治家のレベルが下がってきているのもかもしれません。しかし、それは政治家のみではなく、それを選んでいる有権者にも言えることです。我々は肝に銘じるべきでしょう。

(文=編集部、協力=浜田和幸/国際政治学者)

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