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高橋篤史「経済禁忌録」

売上7兆円企業グループ・ロッテ、創業者の哀れな最期…息子同士が経営権争いで醜態晒す

文=高橋篤史/ジャーナリスト
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 そのように言う昭夫氏に対し武雄氏は念を押した。

武雄氏「お前そういう人間と一緒にやっているようじゃ、お前も辞めなくちゃならない」

昭夫氏「一応7月末か8月末くらいで佃氏は退任というふうに考えていたんですけれども」

 最後、煮え切らない昭夫氏に対し武雄氏はこう強く言った。

武雄氏「いいね。俺が言ったこと」

昭夫氏「はい、大変誤解がありまして申し訳ありませんでした」

武雄氏「お前、俺が言ったこと覚えとけよ。お前また裏でやったらすぐにお前ほっぽり出すからな」

昭夫氏「わかりました」

 だが、佃氏は辞任しなかった。業を煮やした武雄氏は宏之氏を帯同し2週間あまり後の7月27日、プライベートジェットでソウルを発ち、東京・新宿のロッテ本社に乗り込んだ。そして佃氏と対峙した。

武雄氏「どっちにしてもね。辞めなさいと言ったんだよ、僕が」

佃氏「そのことは承知しています。はい、承知しています」

武雄氏「そうですね。それがあんたまだ来て、働くのが、それは」

佃氏「会長、すいません。私、偉そうに言わせてください。私、私のためではなく、ロッテという、会長が」

武雄氏「会社のためにか?」

佃氏「はい」

武雄氏「会長の指示に反しても?」

佃氏「はい、これは最初に会長にいただいたお言葉を忠実に守っているつもりです。ですから、タイミングを考えさせてください」

武雄氏「守るんなら、お辞めなさいと言われれば辞めるべきではないのか」

佃氏「それは尊重しています。会長から言われてるお言葉は尊重していますが、時期です」

 ここで佃氏側の弁護士が割って入った。この後、佃氏は小林氏ら役員陣とともに会議室に閉じ籠もった。武雄氏と宏之氏は人事部長に対し、佃氏らの解職と新たに4人の執行役員の任命を発令するよう指示、それは社内のイントラネットで開示された。夕方、社員食堂に集められた約300人の社員を前に、武雄氏を後ろ盾とする宏之氏が復帰を宣言、新社長としての訓示を行った。

武雄氏の認知症を争点に骨肉の争い

 ところが翌日、昭夫氏や佃氏らが主導する取締役会は武雄氏の代表権を剥奪。前日に発表された宏之氏の復帰人事も幻となった。この後、昭夫氏らはロッテHDの筆頭株主となっている従業員持株会や関係会社などを通じ支配権を確立することとなる。一方で宏之氏は重光一族の資産管理会社を掌握したものの、ロッテHDの議決権のうち約34%しか保有しておらず、情況をひっくり返すことができない。

 そんな中、昭夫氏側は宏之氏のバックにいる武雄氏の威光を削ぐことで骨肉の争いを有利に進めようとの作戦に出る。その切り札が武雄氏に対する成年後見の審判請求だった。要は、高齢の武雄氏にはもはや正常な判断力が失われているというわけだ。昭夫氏側が韓国在住の叔母を請求人に立ててソウルの家庭法院に申し立てを行ったのは、本社での騒動から5カ月後の12月18日のことだった。申立書は武雄氏が2009年頃から認知症を患っているとしていた。関係者によると、請求人側は認知症検査を行う病院の選定にも介入しようとしていたようだ。

 それに加え、昭夫氏側は骨肉の争いに絡む裁判などで武雄氏にもはや正常な判断力がないとの主張をことあるごとに展開していくようになる。例えば、2017年1月に東京地裁で行われた証人尋問において佃氏は宣誓の上、武雄氏の様子をこのように証言している。

「従来お目にかかっておりましたとき、お年相応のご記憶忘れのようなものはございましたけれども、(2015年)7月3日はまことに異常でございました。定例の報告を始めようと思ったんでございますが、表情等、まったく平素とは違いまして、目がつり上がり、お顔が真っ赤になっており、通常とは思えませんでした。というのも、通常と違いまして、その場には宏之氏並びにその姻戚兄弟がおりまして、車椅子の会長の脇で私に向かって、この人は悪い人、この人は悪い人と韓国語で叫び続けておりました。私がご報告しようとしましても、過去の私の経営に対して誹謗を、激しい誹謗をするだけで、すべて原告(=武雄氏)の了承を得てやってることでございましたけれども、まったく聞く耳を持たず、また、書類にてご説明しようと思っても破らんばかりの暴挙でございました。このときをもって、会長には通常のご判断能力がもうないというふうに判断した次第でございます」

 7月3日の面談とは、先述したとおり、武雄氏が佃氏に対し解任を申し渡した日のことである。佃氏としては、宏之氏の解任を指示された2014年秋の武雄氏は正常な判断力を持っていたが、1年近く経った2015年夏にはそれが跡形も亡く失われていたということらしい。ただ、先述したように2015年夏のやりとりについては、確かにぎこちなく感じられる箇所があるものの、正常な判断力が失われていたとまでは考えにくい。要は自分の都合がいいように武雄氏の判断力を論じているにすぎない。

 もっとも、都合のいい解釈はロッテHDに対する株主提案のたびに武雄氏を取締役候補に含めていた宏之氏側にも一部当てはまる。高齢の武雄氏に記憶力などの衰えがあったことは間違いなく、もはや経営の一線から退くべき人物だったと見なさざるを得ないからだ。

後継体制の確立に失敗したカリスマ経営者

 韓国における後見審判に話を戻せば、翌2016年8月、ソウル家庭法院は武雄氏の限定後見を決定している。ただ、これに対抗して宏之氏は同年12月に任意後見への切り替えを申し立てた。言ってみれば、後見手続きを自らが有利に運ぼうとの綱引きが行われたわけだ。結局のところ、武雄氏の認知症がいつ頃からどの程度進んでいたかの正確な医学的事実関係はよくわからない。

 武雄氏がロッテHDで再任されず、グループ会社すべての取締役から外れたのは2017年6月のことだった。そして2年半余りが経った今年1月、ついに永眠した。

 カリスマ経営者は自らの手で後継体制を整えることができず、引き際を見定めることもできなかった。売上高が約7兆円に上る巨大企業グループでありながら前近代的なコーポレートガバナンスがずるずると続いた。そして、それが巨大財閥の承継をめぐる息子同士の対立や、さらに2人の夫人と腹違いの娘たち、そして親戚をも二分する骨肉の争いの原因となり、最後は自身の恥をさらすような後見手続きをめぐる騒動に発展した。自らが蒔いた種とはいえ、これを悲劇と言わずしてなんと言い表せばいいのだろうか。

(文=高橋篤史/ジャーナリスト)

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