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今井亮一「知らないと損する裁判傍聴記」

交通速度違反、オービス測定値「誤り」発覚で無罪判決も…本人否認でも次々有罪の実態

文=今井亮一/ジャーナリスト
交通速度違反、オービス測定値「誤り」発覚で無罪判決も…本人否認でも次々有罪の実態の画像1
「Getty Images」より

「警察にまともに取材しても出てこないことが、裁判の法廷ではぼろぼろ出てくる」

 私がこう気が付いたのは、20年ほど前のことである。当時、東京簡易裁判所でオービス(無人式の速度違反車の自動取り締まり装置)によるスピード違反の裁判が次々とあった。多い年で年間60件ほどか。私の肩書きは、雑誌やテレビ等では「交通ジャーナリスト」だ。その時点ですでに20年近く交通違反・取り締まりを取材、研究していたが、裁判の傍聴では、通常の取材で入手できない情報が次々と見つかった。

 たとえば、東京航空計器(TKK)の「オービスⅢLk」(ネット上では「LH」と呼ばれる)が測定できる上限は時速240キロ、三菱電機の「RS-2000」(同「H」)は時速220キロなど、そんな秘密情報があれこれとわかった。だが、何より驚いたのは、測定値を否認する者を有罪にする、その独特なやり方だ。ある被告人は呆れた顔でこう言った。

「オービスを製造・販売したメーカーのセールストークだけで有罪にするのか。これが裁判か」

 テレビ・新聞には一切出ない話なので信じられないかもしれないが、検察官の立証は、オービスメーカーの「ご説明資料」や社員の証言に、まさに“おんぶに抱っこ”なのである。TKKにも三菱電機にも証言専門の社員がいて、全国の裁判所を忙しく飛び回っている。証言は「アフターサービス」だと言いながら、旅費日当を裁判所に請求し受領する。訴訟記録を閲覧したところ、旅費は実費、日当は1回1時間程度の証言で4000円ぐらいだった。

「あれは誤判ですので」

 N氏を被告人とする時速43キロ超過のある裁判で、TKKのS社員がこう証言した。

「オービスの信頼性については開発時に管技協(公益財団法人日本交通管理技術協会)がちゃんと実験しております。そのデータ等は管技協にあるはずです」

 そんな話は初めて聞く。私はデータを確認するために管技協へ行った。管技協は都心の古いビルの一室にあった。人の良さそうなお年寄りが1人いて、申し訳なさそうにこう言うのだった。

「(実験は)なんせ二十数年も前のことで、事務所も引っ越しましたし、まったくわかりません。裁判の証拠になるとか、そんな大事なものとは思わなかったので。先日も同じ問い合わせがありまして(筆者注:被告人のN氏が電話していたのだ)、Sさんに『おたく持ってんじゃない?』と尋ねたんですが、ないとのことでした」

 結局、開発時の実験データ等が法廷へ出てくることはなかった。

 実は1992年、TKKのオービスをめぐる大阪高裁の裁判では、被告人が逆転無罪判決を受けた事例がある。オービスが大型トラックを時速111キロと測定したが、タコグラフ(自車の走行記録計)により66キロ程度しか出ていなかったことが認められたのである。

「あの逆転無罪のあと、どんな検討、改良をしたのですか?」

 TKKのS氏に対する証人尋問で、弁護人がそう尋ねたところ、S氏は軽く笑ってこう述べた。

「あれは誤判ですので、検討も改良もしておりません」

 N氏は小学館のコミック誌編集者だった。初めて体験したオービス裁判に“猛烈に感動”したN氏は、2000年に「週刊ビッグコミック・スピリッツ」で、本邦初のオービス裁判コミック『交通被告人 前へ!!』の連載をスタートさせた。私が原作を担当させてもらった。おかげさまで人気をいただき、当初の予定を大幅に超えて連載は半年も続いた。その連載が終わってからも、私は東京簡裁へ通いオービス裁判を傍聴し続けた。

定期点検で、あり得ない数値

 TKKも三菱も年に2回、オービスの定期点検を行う。「走行試験」といって、その場所を通過する100台の一般車両をオービスとテープスイッチ(耐久性は劣るが信頼性は高いとされる)で測定し、オービスの測定値が許容誤差の範囲にあるか照合、確認するのだ。法廷に出てきたその100台のデータに、「あり得ない数値」が発見されたことがある。メーカーの社員証人はどう証言したか。

「点検自体は間違いないです。作業の過程で、なぜか知りませんが間違ったものが印刷されてしまったということです。正しい数値に差し替えた成績書を警視庁に出しました。なぜこんなものが法廷へ出てきたんでしょう」

 走行試験の結果は誤っていることがある。原因は不明。誤っても改ざんは自在――。しかし裁判官は「点検は間違いない」という部分を拾って有罪とした。そもそもオービスの最大の証拠は、測定とほぼ同時に撮影した写真と、そこに表示された速度の測定値だ。ところが100台の走行試験では写真の測定値は完全無視。これでは点検の意味がない。

 裁判官は現場を見ないのが日本の裁判のお約束といえる。ところが、あるオービス裁判で現場検証をやりたいと言いだした裁判官がいた。検証は実現せず、のちにその裁判官は八丈島簡裁へ異動になった。

 結局、オービス裁判における裁判官の認識はこういうものではないかと私は思い至った。――警察が長年にわたり使い続け、有罪の証拠としてきたオービスの測定値が、間違っているはずがない。万が一何か間違いがあれば検察官によって不起訴にされているはず。起訴された以上、有罪はもう決まり――。

 そうなると、気になるのはオービス以外の裁判だ。交通事故の裁判はどう行われているのだろう。窃盗や強制わいせつの裁判は? 2003年、私はいわゆる「裁判傍聴マニア」になった。

 現在までに8500件以上の裁判を傍聴してきた。日々の犯罪事件についてテレビ、新聞はほとんど警察の発表しか報じない。逮捕から2カ月ほどすると、事件は法廷へ出てくるが、逮捕時の報道とはまったく違うことがわかったりする。逮捕報道さえなく、埋もれた重要事件も多い。

 裁判の傍聴を通じて、「この事実を知っていれば仕事を失わずにすんだのに」「犯罪の被害を受けずにすんだのに」「死なずにすんだのに」と感じることが多い。知らない者は損をする、というのは本当だと実感する。

 そこで今後、テレビ、新聞には出てこない裁判に関する話を紹介していきたい。

今井亮一/交通ジャーナリスト

今井亮一/交通ジャーナリスト

交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。ちなみに駐車監視員資格者証を取得している。
今井亮一の交通違反バカ一代!

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