アイリッシュマン』はつくられるべくしてつくられた映画だ。オスカーを手にできなかったのは、スコセッシ監督がマーベル・スタジオのヒーロー映画を公然と批判したことで、アカデミー会員の反感を買った、との指摘がある。無冠でいいではないか。『アイリッシュマン』はトランプ大統領が専横を極める米国の現在を、きちんと映し出しているのだから。

 WOWOWの同時通訳はなくてもいいのではないかと思う場面が多々あった。筆者の英語を聞き取る能力はかなり落ちているが、同時通訳の拙い日本語訳が「邪魔」と感じた。

映画の持つ時代性が生かされたアカデミー賞授賞式

 助演男優賞のブラッド・ピット(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)の受賞スピーチが良かった。プロデューサーとしてオスカーを獲得したことはあるが、アクターとしては初の受賞である。米上院で共和党がボルトン氏を証人として呼ばなかったことをスピーチで皮肉ってみせた。安倍晋三首相とメシを食べて嬉々としている日本の俳優と比べて、立ち位置がはっきりしている。「まともな俳優です」と名乗るのなら、政権(権力者)との距離を、しっかりと意識してもらいたい。

 ローラ・ダーンが助演女優賞を受賞した『マリッジ・ストーリー』は離婚をコメディーにした作品。ローラ・ダーンは名優の娘で、2月10日が誕生日。素晴らしいバースデー・プレゼントになった。長編ドキュメンタリー賞『アメリカンファクトリー』はネットフリックスの作品。受賞者はスピーチで「人によって真実が違うのはおかしい。(中略)労働者がどんどん苦しくなっている」と述べた。「人によって真実が違うのはおかしい」のである。桜を見る会から派生するさまざまな疑惑で、「人によって真実が違うのはおかしい」ということを、全国紙はきちんとファクト(真実)で示すべきである。

 オハイオのゼネラルモーターズ(GM)の自動車工場が中国資本に買収され、朝礼など中国式の経営を押しつける。工場は再生するが、労働者がロボットになっていく姿が描かれる。工場の労働者と中国人がわかり合う場面も挿入されているが、中国資本が米国で働く多様な労働者を“弾圧”するという内容だ。オバマ前大統領夫妻が製作に関係したという裏話があるようだが、筆者は確認していない。

 主演女優賞のレネー・ゼルウィガー(『ジュディ 虹の彼方に』)はスピーチで「なんでもできると信じられるようになった」と語っていたが印象に残った。彼女が歌うシーンは圧巻である。主演男優賞、ホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)は4回目のノミネートで初めてオスカーを手にした。スピーチにインパクトがあった。「声なき声が声を挙げる機会が映画なのだ」「人権、先住民の人権、ジェンダー、搾取は許されない」「エゴを中心とした人生観を排し、自然界から学べ」。明らかにトランプ大統領を意識している。日本の俳優は、こんな、ごく真っ当なことが言えるか。言い切る勇気があるのか。

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