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話題のドキュメンタリー『さよならテレビ』、鑑賞後の怒りや疑問を製作者にぶつけてみた

取材=昼間たかし/ルポライター
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『さよならテレビ』(東海テレビ/上映中)

 ポレポレ東中野を皮切りに、全国ロードショー上映が始まっているドキュメンタリー映画『さよならテレビ』。これまで『ヤクザと憲法』『平成ジレンマ』など、地方局でありながら骨太のドキュメンタリーを製作してきた東海テレビによる作品だ。

 当初、『さよならテレビ』は、東海テレビ開局60周年番組として、2018年に中京圏だけで放送されたテレビ番組だったが、放送直後から、メディア関係者の間では「すごいドキュメンタリーがある」と話題にのぼっていた。さまざまな世界の内部へとカメラを向けていた東海テレビが、今回は自分たちの職場へカメラを向けたのだ。

 物語は、テレビ局の内部にカメラを向けるという圡方宏史監督の企画説明に「何を撮るつもりなのか」と困惑しつつ、厳しい目を向ける社員たちの姿から始まる。東海テレビの報道部を対象にすることは決まっているものの、いったい何が撮影できるのか、圡方自身も明解な回答はできず、迷いながら取材は始まる。報道部のデスクにマイクを取り付けたりしつつ、あたかもシナリオがあるかのように怒鳴られるシーンを含みながら、被写体はなんとか定まっていく。

 夕方の情報番組の顔となりながらも、視聴率が伸びず、次々と問題の矢面に立たされる同局の福島智之アナウンサー。カメラは、視聴者から顔が見える存在である福島を追いつつ、その裏側に存在する報道の現場にもレンズを向ける。

 ここに現れるのは2人。

 ひとりは、「働き方改革」で正社員の残業を減らすために、1年契約の派遣社員としてやってきた、まだ経験の浅い渡邊雅之記者。もうひとりは、フリーライターとして経済紙などで活躍しメディアで働くことの辛酸を知る契約社員で、ベテランの澤村慎太郎記者。

 季節の移ろいを描きつつ、この3人と圡方は、取材する者とされる者の垣根もなく、絡み合いながら歩んでいく。

 取材対象となった3人には、それぞれ独特の危なっかしさがある。局の顔として『さよならテレビ』の宣伝ポスターにも大きく映し出された福島は、ずっと自信なさげ。祭りの取材で自身が神輿を担ぐことになっても、「自分がこんなことをやっていいのか」とスタッフに問いかける。そこには、キー局の番組で全国に顔を知られるアナウンサー……自分が場のすべてを采配しているかのように振る舞う古舘伊知郎や、切れ味の鋭さを磨く有働由美子のような貫禄や存在感はない。 

テレビ局の報道現場で翻弄される非正規雇用の記者たち

 ルポライターである筆者は、まったく別の業種であるアナウンサーよりも、同業ともいえる2人の取材記者への親近感を抱いた。

 とりわけ、どうしてテレビ局で働くことができるようになったのかわからないほどにおぼつかない仕事ぶり見せる渡邊には、感情移入してしまう。例えば、アナウンサーに渡す原稿で、「藤田嗣治」のルビを「ふじたふぐはる」と書いてしまい、上司に怒鳴られるシーン。おそらくは上司もチェックで見過ごしていたはずなのに、それに反論することもできずに弱々しい声で「はい」と言うしかない。あたかも「そんな仕事ぶりだから、派遣社員なのだ」とでも上司が言いたげ場面に、吹けば飛ぶようなフリーランスで物書きをしている筆者は、他人事ではないような気がしてしまうのだ。

 そして、澤村も他人とは思えない。記者としての高い理想を持つつつ、地元経済紙の記者をやったり、経営がおぼつかずにすぐ潰れた地方紙に参画したりと、自分の思想と人生を一致させることを志しながら、決して器用ではない生き方をしてきた澤村。テレビ局の片隅で、やりたくもない企業宣伝のような取材で糊口をしのぎながらも理想は捨てない。常に不機嫌そうで、シニカルな言葉を吐く。日々、鬱屈としていることの反動なのか、時として自分の思想が絡みそうな仕事となれば、俄然熱くなる。「テロ特措法」が社会問題となっていた時には、取材している圡方が一歩引いてしまうほど熱を上げ、「共謀罪」という言葉を使うか否かをめぐって吠える。まさに古き良きマスコミ人を戯画化したような人物だ。

 そんな3人を追いながら、圡方は右往左往をしている。何を撮影したいのかが、自身でも掴めないのか。自問自答しているようにカメラを回すが、なかなか答えが出ない。「自分が被写体と同じ立場ならどうするか?」と問われ、「考えたくないですね」としか答えられないのだ。

 筆者は、この作品を東京大学情報学環の丹羽美之准教授と日本マス・コミュニケーション学会が共催した上映会で見たのだが、エンドロールが流れて、部屋に灯りがついた時にはさまざまな怒りが沸いてきた。まずは圡方に対する怒り。正社員である圡方は、渡邊や澤村の数倍の年収を得ている。その立場で「ドキュメンタリーでござい」とやっていても、しょせんはブルジョアの手慰みに過ぎないのではないか。特権意識にまみれた高尚な「マスコミ人」たちに、問題意識という娯楽を提供するだけの存在に過ぎないかと思ったのだ。

 そしてもうひとつは、観客に対する怒り。上映の時、渡邊が画面に登場した途端に、なぜか会場には笑いが起こった。それが筆者には不可解に思えた。人は自信なさげな時に、笑って誤魔化したりするもの。渡邊は、それが日常的になっていることがわかる表情をしている。だからといって、そんな彼を笑うのはどうだろう。そこには東大という場に集まった観客たちの、安いエリート意識があるのではないか。そう思うと腹立たしくなったのだ。

 だが、現在公開されている劇場用の作品を見ると、そうした感情が沸くことはなかった。新たなシーンを加えて再編集を施した劇場用作品は、テレビ放映とは打って変わって、登場した面々の真を描いていたのだった。

 そこで、劇場版の試写会を経て、この作品のプロデューサーである東海テレビの阿武野勝彦に取材をすることになった。圡方ではなく阿武野に単独で話を聞くことにしたのは理由がある。筆者が圡方に腹を立てていた頃、あるテレビ局でドキュメンタリーを追求しているディレクターからこんな話を聞いてきたからだ。

「もっと背景を見たほうがいいですよ」

 その話を聞いて、阿武野のことを調べた。それで印象はまた変わった。圡方もまた、阿武野にとっては取材される側のひとりだったのではないか。そのことを聞きたくなったのだった。

プロデューサー・阿武野氏に聞く――「テレビやドキュメンタリーってなんなんだろう」と再認識する面白さ

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『さよならテレビ』より(©東海テレビ)

――『さよならテレビ』では、冒頭から企画を説明する圡方監督に、報道局の面々は怪訝な顔を見せます。監督自身も斬新な意図であるとは思いながらも取材対象を絞り込めずに、右往左往し、結果として取材が中断したりもします。この間、プロデューサーとして、阿武野さんはどう振る舞われていたのでしょうか。カメラに写っていないところでは、助け船を出していたのかなと気になりました。

阿武野 僕は企画が新鮮だとは思いませんでしたし、説明を聞く報道局員たちも怪訝な顔をしていたとも思いませんでした。取材をスタートしたら、ほぼ放置します。圡方には、困ったときだけ相談に来いって言ってあったので。圡方とは、この作品が3本目なんですが、一番最初は毎日のように報告にきていましたが、今回の報告は数回だけ。「トラブっています。取材がストップしました」と。じゃあそろそろ私が報道局で発言しようと言ったら、「まだいいです」と。そのまま、プロデューサーとしては、出番なしでしたね。

 報道局のスタッフには、毎日さまざまな人たちを取材してるんだから、自分たちが取材をされる側になったら、覚悟してカメラを受け入れてくれよ、と言いたかったんですが。僕が出ていくと、ただただ取材環境が荒れると圡方は判断したと思うんです。

――自分も取材をする立場から、澤村さんに興味を惹かれました。彼にあそこまで発言させるのもドキュメンタリーの魅力ではないかと思います。

阿武野 2019年11月に関西大学で森達也さんと一緒に『「地方の時代」映像祭』のワークショップに出ました。その時に「澤村さんのあの本棚のシーンがありますよね、あれはセットです。澤村さんが話していることは全部、僕が台本を書きました。実は報道局もセットです」と冗談で言ってみたら、会場のみんなは真に受けて「ほ〜」って納得した顔をしたような気がしました。ドキュメンタリーってなんなんでしょうね、という感じですね。

 そういう意味では、『さよならテレビ』は、映画としてはかなり深度がある。テレビって、ドキュメンタリーって、一体なんなんだろうという面白さが、この映画の中にはあるんじゃないかと思ったんです。

 そんな中で、澤村さんの存在は、特徴的に描かれていることがあると思います。常に頭で考えていることや飲み屋で言っていることと、記者としての現場で実際にやっていることが一致しないというものです。映画の中で、圡方に焚きつけられていますよね、「言うだけでは、やらないと一緒だ」と。僕にもありますが、ここではこんなに勇ましいのに、いざとなるとヨレヨレになる。でも、やっぱり、心の中で思っている理想のようなものがあるということは間違いないですよね。

 澤村さんは、もとは経済記者ですから、中小企業などを地道にまわってニュース企画にするという取材を積み上げたらいいのではと提案したことがあります。新聞出身の記者で、映像を上手く扱えないということもありますが、そこをなんとか突破して、積み重ねていけば、自分の理想に近づいていけると思うんですけどね。

――登場人物が際立つ理由に、カメラが的確に現場のリアルを記録していることがあると思います。被写体に、振り返り際に「まだ撮ってる」とボヤかれるシーンもあったかと思えば、報道局で「カメラを止めろ」と言われて、圡方監督が「はい」と言っているのに、カメラマンは止めたフリをして回し続ける。カメラマンは監督が欲しいものを先に知っているかのようにも見えます。

阿武野 カメラマンの中根芳樹が冴えているんですね。圡方の存在をカメラの画角の中に入れ込んだ形で撮っている。とっさに起こることですから、計画など立てている場合じゃないことのほうが多いです。カメラマンがいわば、もうひとりのディレクターとなって撮影しているといってもいいと思います。圡方と中根のコンビはこれで『ホームレス理事長』『ヤクザと憲法』に続き、3本目なんです。いずれも厳しい取材環境でやってきたんですが、カメラマンも現場に育てられるんですね。このコンビは、今のところ崩さないほうがいいかもしれません。

――私が当初、圡方監督に腹が立った理由は、作中に登場する給料の問題です。澤村さんはとてもこだわっていますし、私も「この人は高い月給をもらいながら、仕事として割り切ってやっているわけじゃないか……」と。ところが、劇場公開の再編集で追加されたシーンで、そんな思いは消えました。阿武野さんは、お金をめぐる描写には、かわなりこだわって編集をしたのではないですか。

阿武野 やっぱり、お金の話は俗情を刺激するんですよね。人の給料を見て、「もらいすぎだ」とかブルジョワのたわごとじゃないか、と。編集中に僕が気になったシーンがひとつありました。給料日に、圡方が給料明細を受け取って開くんです。そこにカメラがズームインして……中根カメラマンが「そんなにお前はもらっているのか」と一言。カメラマンは、関連会社の東海テレビプロダクションの所属です。ほぼ同年代ですが、給料格差があります。その時、初めて圡方の給料を知って素の反応が出たのでしょう。

 編集の第一稿には、そのシーンは入っていました。テレビ版では尺の都合で自然に落ちましたが、劇場版で圡方は復活させようとしていました。自分の裸を見せようとしたんですね。でも、最終的には僕は「これをやめたほうがいい」と提案しました。なぜなら、観客が「なんだテレビ局は。マスコミの野郎、こんなにもらってやがって」という思考から抜けられなくなると思ったんです。

 結局、お金の話はリアリティーとして大事ですが、同時に話の本筋からいたずらに逸脱させてしまう可能性があります。それがお金の怖さです。だから、年収300万円の話やお金を貸すシーンはいいけれど、実体として給料明細は出すのはやめたほうがいいと思ったんです。澤村さんの300万円発言も、彼の年収のように思う観客がいるでしょう、でも、実際にはそんなこと描かれていない。「たとえば、300万円になったら」という意味で言っただけで、「私と同じ300万円」とは言っていないんです。実際、澤村さんの給料は300万円じゃない。お金についての話は、多くの感情的になって、怒りまでもよおさせたりする……。

 もちろん『東洋経済』などを読めばマスコミ各社の給与ランキングは一目瞭然ですので、調べたい人はすぐに入手できる情報ですし、隠す必要はありません。だけれども、そこはこの映画の主題じゃないと思っています。

衰退気味のドキュメンタリーの未来

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阿武野プロデューサー(右)と筆者

――もうひとつ、私が腹が立ったのが、作品に対してではなく、東大での上映会では渡邊さんが登場した時に笑いが起きたこと。彼も必死に生きているだろうに、ここに集まっているエリートたちにとっては道化か……と思いました。ところが、劇場版では必死に生きている面と同時に、アイドルにハマってお近づきになるための方法としてテレビマンになろうとしたという側面も描かれて驚きました。いったい、彼をどのように評価すればいいのか……。

阿武野 いろいろな感じ方をされますね。渡邊くんを評価しようなんて気持ちはありませんが、自分の大好きな世界の人を、たとえば、記者として大好きな地下アイドルを取材して、放送したいと思うことは、テレビマンとしては自然なことだと思います。

 渡邊くんは、テレビ局員としてはまだ始まったばかり。組織の中で人と軋轢なくやっていけるタイプじゃないけど、映画に出ているように、失敗を人のせいにしないし、テレビ局は自分のような派遣社員を借りてくるよりも、新人を育てたほうがいいとはっきり言い切れる視線を持っています。そんな、根底的なことをグサッといいますよね。

 そんな渡邊くんを通して、テレビ業界そのものが非常に人材難になっていることも見えてきます。新卒の就職希望者は、テレビ局は全盛期の5分の1から10分の1くらいしか来なくなっています。新聞社も10分の1くらいだそうです。古参のマスコミに対する就職希望者がガタっと減っているのは、もう花形の仕事ではなくなっているということ。それと同時にテレビを支えるプロダクションにはもっと人が来ないという状態……「マスゴミ」なんて叩かれているうちに、メディアとして機能不全になってしまうかもしれない。今の社会がマスコミ崩壊を求めているなら仕方がないけど、僕はこのままではいけない、と思っています。

――阿武野さんは、静岡県伊東市で生まれて、大学は京都。そして今は名古屋と、東京には拠らない人生を送られてきています。私も長く地方を拠点にした取材をしてきましたが、それらを通して感じるのは、地方では、東京での「常識」なんてものは存在しないことが多い。でも、そんなものは歴然とあり、東京の価値観に合わせないといけないという幻想に囚われている人が多いことを実感します。

阿武野 私は東京が苦手なだけです。新幹線のにおいを嗅ぐだけで酔いそうになる……そんな田舎者ですから。東京のテレビ局員と話すと、僕たちが作るようなドキュメンタリーを「うちではできません」とおっしゃるんです……僕のことはきっと傾奇者というか、アホな奴らと思っているんだろうなと思っています。だから、「できない」ではなくて、もともとやる気がないだけじゃないかと思うんです。

 地方の人間も、やらないための材料を東京に求めるっていうことがありますよね。「東京でもやってないんだから、我々もやらなくていい」と。そこは東京の一極集中にしなくてもいいんじゃないのかと思います。ただ、最初からいきり立たず、諦めず、表現を実現するためには、自分の置かれている地域、組織、立場を知ることからしか始まりません。コツコツ、ゆっくりでいいから、自分のビジョンを実現する道筋をつけて行くことです。

――自由度の高さとして、東海テレビと同じような印象を受けるマスコミが東京新聞です。現在の代表は菅沼堅吾さんですが、彼は社会部の記者である望月衣塑子さんが官房長官の記者会見に出たいと言ったことに対して、ゴーサインを出した方です。その菅沼さんが編集局長だった時に東大の情報学環教育部の授業に来ました。当時、同部に在籍していた私は毎回授業に通い、授業時間外にも話をさせてもらい、薫陶を受けました。ちょうど311を経て、東京新聞が脱原発に軸を傾けた時期です。他のマスメディアと異なり、東京新聞が自由に振る舞える理由として、名古屋拠点の中日新聞の東京支社としての立ち位置ということがあるということでした。在京のマスコミ村とは一線を画した振る舞いが当然のようにできるということでしょう。東海テレビの独特の立ち位置も、キー局であるフジテレビからは物心ともに離れているからこそなのかと、思っています。

阿武野 東京新聞は、中日新聞の東京ブランチという側面がありますから、地場の東京というしがらみが薄いのかもしれませんね。それと、東京新聞という組織が育んできた懐の深さがあるんだと思います。東海テレビの懐の深さもすごいですけどね。フジテレビ系列ということで、報道や番組のネットワークは組んでいますけど、資本関係はガチガチじゃないし、適度に離れていて、いい関係なんじゃないですか。自分の属する組織をどう解釈するかというのは、とても大事なことですね。

――これは、あるディレクターから、ぜひ阿武野さんに聞いてほしいという質問なのですが……「ドキュメンタリー・コンテンツの生き残り方法について、阿武野さんがどんな展望を持っているのか」というのです。NHKですらドキュメンタリー枠はどんどん縮小され、エンタメコンテンツの枠が増えているのが現状だというのですが……。

阿武野 「コンテンツ」という言葉がまず嫌いですね。ドキュメンタリーは「商品」だと、製作者自身が言っているみたいで。例えば、最初に読んだ小説が面白ければ、その人は小説好きになるかもしれないですよね。だけど、最初に観たドキュメンタリーが、無理に感動をあおったり、ある形式にはまっていたりするような、なんだか気持ち悪いものだと、ドキュメンタリーを嫌いになりますよね。ドキュメンタリーの未来は、今、ドキュメンタリーをつくっているテレビマンたちが、ドキュメンタリーを楽しむ文化の入り口を広げられるかどうかを担っている。そう思います。

(取材=昼間たかし/ルポライター、構成=美亀まりん)

<公開情報>
『さよならテレビ』
東京・ポレポレ東中野、渋谷ユーロスペースなど全国公開中
詳細は公式ホームページにて。https://sayonara-tv.jp/

©東海テレビ放送

 

昼間たかし/ルポライター、著作家

昼間たかし/ルポライター、著作家

 1975年岡山県生まれ。ルポライター、著作家。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。

Twitter:@quadrumviro

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