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木下隆之「クルマ激辛定食」

ルノー、珍妙すぎる「メガーヌR.S.トロフィR」開発の裏側…徹底した軽さ追求の果て

文=木下隆之/レーシングドライバー
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「ルノー・メガーヌR.S.トロフィR」

 世界には珍妙なクルマが存在する。それも、遠く古い昔の、技術力が未熟だった時代のモデルではない。まさに現代の、2020年の現役モデルだというのに、本末転倒、本来の目的を失ったモデルが存在するのだ。

ルノー・メガーヌR.S.トロフィR」は、言ってみれば平凡なルノーの主力ファミリーカーがベースである。若者が好みそうなスタイリッシュクーペスタイルではあるものの、使い勝手を考慮した5ドアハッチバックであり、メガーヌのラインナップには積載性を高めたステーションワゴンタイプも組み入れられている。通勤通学に重宝するだろうし、近所への買物にも過不足ない要件を揃えている。いわば大衆車なのだ。

 だが、「R.S.トロフィR」と名がつくと、趣きはガラリと変わる。5ドアハッチバックだというのに、なんとシートは前席の2座しかない。本来あるはずのリアシートは取り払われている。トランクとの隔壁もなく、室内はがらんどうだ。

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 リアにはシートがないから、つまり法規上の定員乗車は5名から2名に減らされてしまった。リアシートに人が座らないから、リアのガラスを開閉する必要もない。それゆえガラスは“はめ殺し”になった。開閉しないからウインドーレギュレーターもないし、もちろんパワーウインドーのスイッチも省略されている。まったく不思議なクルマなのである。

 だが、ひとたび「R.S.トロフィR」を走らせれば、定員人数を2名に減らし、ウインドーをはめ殺し、ウインドーレギュレーターをも省略したことの意味が際立ってくる。そう、「R.S.トロフィR」は5ドアハッチバックであるものの、人を乗せてドライブするためのモデルではなく、もちろん通勤通学の足でもない。世界一過激なサーキットとして知られるドイツのニュルブルクリンクでFF最速タイムを記録することを命題に開発されたモデルなのだ。

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 リアシートを取り払い、窓をはめして殺してしまったのは、すべては軽量化のためだ。速く走るために不必要なものを大胆に省略したというわけだ。 

 その割り切りは、常人が理解できる範疇を大幅に逸脱している。エンジンは強力である。1.8リッターユニットに大口径ターボを合体させている。タイムを叩き出すためにはパワーが欠かせない。それをビッグタービンで補っている。それだけではなく、たとえば組み合わされるトランスミッションは最新式のツインクラッチではなく、古典的な6速ミッションに換装されている。目の覚めるコーナリングの源だった後輪操舵システムも省略している。それらがすべて軽量化のためだというのだから、開いた口が塞がらない。

「軽ければなんでもいいわけではないだろう」

 そんな悪態が思わず口をついて出そうになった。というのも、ツインクラッチはあきらかに駆動ロスが少ない。いくら腕利きのプロドライバーであろうとも、いちいちクラッチペダルを踏んでシフトレバーを捻ったり押し込んだりするのに時間的なロスがある。それが証拠に、今どきシフトレバーが生えているレーシングマシンなど見かけない。

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 リアステアも、コーナリングでは有利なはずだ。当のルノーもそれを自覚しており、確かにリアステアのほうが区間タイムは短縮すると認めている。だが、それをも軽量化を理由に排除しているのだ。

 つまり、シフトチェンジが煩雑になっても、操縦性が悪化しても、軽さでタイムを叩き出せればそれでいいというわけなのである。

 確かに、質量はクルマの動きの三原則に影響する。「加速する、曲がる、止まる」――このすべてにおいて、軽さは好影響を残す。だが、それとてドライバーが扱えてこその話である。つまり、ルノーはしゃにむにFF最速タイムを狙ったというわけだ。ルノーというメーカーはとても稀有な存在なのである。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)

●木下隆之
プロレーシングドライバー、レーシングチームプリンシパル、クリエイティブディレクター、文筆業、自動車評論家、日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員 「木下隆之のクルマ三昧」「木下隆之の試乗スケッチ」(いずれも産経新聞社)、「木下隆之のクルマ・スキ・トモニ」(TOYOTA GAZOO RACING)、「木下隆之のR’s百景」「木下隆之のハビタブルゾーン」(いずれも交通タイムス社)、「木下隆之の人生いつでもREDZONE」(ネコ・パブリッシング)など連載を多数抱える。