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鈴木貴博「経済を読む目玉」

米大統領選、無名の泡沫候補が一躍、最有力候補に浮上…初のLGBT大統領の誕生なるか

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
米大統領選、無名の泡沫候補が一躍、最有力候補に浮上…初のLGBT大統領の誕生なるかの画像1
ピート・ブティジェッジ氏(写真:AP/アフロ)

 2020年は4年に一度のアメリカ大統領選挙の年だ。共和党のトランプ大統領に挑戦する民主党の大統領候補者を選ぶ予備選は始まったばかり。2月3日に緒戦のアイオワ州党員集会が行われ、2月11日に全米で最初の予備選挙がニューハンプシャー州で行われたところである。

 この先、48州で同様の予備選が繰り広げられ、その展開次第では比較的早い段階で接戦にもつれ込んだとしても7月13日から開催される民主党の全国大会で大統領候補者が決まるスケジュールになっている。11月にはトランプ候補との一騎打ちとなる大統領選挙本選があり、その結果が世界経済に大きな影響を与えることになる。

 さて、この民主党の予備選でちょっとした異変が起きている。オバマ政権の副大統領だったバイデン候補、左派で急速に支持者を集めているサンダース上院議員といった前評判の高い候補者をおしのけて、新進気鋭で38歳と年齢も若いブティジェッジ前サウスベンド市長がアイオワ州の党員集会でトップを獲得。続くニューハンプシャー州の予備選挙でもサンダース上院議員と接戦を繰り広げ、僅差の2位の得票数を獲得したのだ。

 アメリカ大統領選挙では「アイオワ州を制するものは大統領選を制す」という格言がある。その理由はアイオワ州は全米の人口構成の縮図、つまり人種構成がアメリカ全体と類似しているからだ。そのアイオワ州で勝利したブティジェッジ氏は一躍、アメリカ大統領選挙の台風の目となりつつある。

 そして若くイケメンのブティジェッジ候補にはもうひとつ、世界的な戦略コンサルティングファームのマッキンゼー出身という横顔がある。戦略のプロが戦う大統領選挙戦、はたしてマッキンゼー出身初のアメリカ大統領は誕生するのだろうか。

意外な米国内でのトランプ評

 そもそもの前提から話をしたい。アメリカでは現職のトランプ大統領の再選が有力だといわれている。日本ではトランプ氏の常に物議を醸す発言などを根拠に「とんでもない大統領だ」という評判が先行しているが、アメリカ国内の評価は割れてはいるが、そこまで悪くはない。

 現実として、トランプ大統領は保守政党である共和党のなかでもさらに保守派の人々の強い支持を得て誕生した大統領で、実務においては共和党保守派が政権に深く入り込んで「古きよきアメリカ」を復活させる方向で機能している。保守派の実務官僚がリベラルだったオバマ前大統領時代からの政策転換に成功していることで、基本的には共和党支持者は今回もトランプ候補を後押しするという状況に変わりはないのだ。

 とはいえ共和党のなかでブッシュ元大統領を支持してきたような主流派が、トランプ大統領にあまりよい顔をしていないことは事実で、民主党からどの候補者が出てくるかによっては共和党内の反トランプ票が民主党に流れる可能性が出てくる。このあたりが今回の大統領選のポイントといわれている。

 さて、トランプ大統領に勝つ可能性があるとして、オバマ政権の副大統領だったジョー・バイデン候補が本来は民主党の大統領候補の筆頭になるはずだった。その理由は民主党のなかでは比較的保守的な考えを持つ政治家であるからだ。反トランプの共和党票が一番流れてきやすい民主党候補であるがゆえに、「もしトランプ氏が苦戦するのであれば、その相手はバイデン候補の場合だろう」といわれてきたのだ。

 ただボトルネックは77歳と比較的高齢であることと、しょせんは副大統領としての知名度と人気しかないこと。そして最大の弱点はトランプ大統領の弾劾の理由となったウクライナ疑惑に自身も関与していることだ。その弱点がたたったのだろう。アイオワ州、ニューハンプシャー州の戦いではどちらも票を伸ばすことができず、民主党の候補としては4番手にまでポジションを下げてしまったのだ。

 同じく有力候補の下馬評が強く、アイオワ州で2位、ニューハンプシャー州では1位となったのがバーニー・サンダース上院議員だ。このままいけば民主党の大統領候補の本命になりうるポジションを突っ走っている。

 ただしサンダース候補には致命的な弱点がある。それは民主党のなかでも極端な左派だという点である。つまり民主党のなかで過激な政策を主張して支持を得ている半面で、共和党の主流派から見ればトランプ大統領以上に「共感できない政策を唱える左翼候補だ」ととらえられているのだ。

 だから予備選で一番勝ちそうなサンダース候補を民主党が担いだ段階で、大統領選挙本選での敗北がなんとなく見えてしまう。そもそも現職のトランプ大統領有利の選挙なのだ。その点で民主党支持者としていまひとつ、サンダース候補の人気に乗りがたい空気があるわけだ。

オバマ大統領誕生時を想起

 そこで今回登場したのがダークホースから一躍、重要候補に躍り出ようとしているブティジェッジ候補である。ハーバード大学とオックスフォード大学をそれぞれ最優等で卒業し、2007年にマッキンゼーに就職している。その後、海軍でアフガニスタンへ従軍する傍ら、インディアナ州サウスベンド市の市長に就任。政治家としてのキャリアを歩み始めたところだ。

 1982年生まれの38歳で、サンダース、バイデン両候補より40歳も若い。そして大統領候補の公開討論会では古い政治家がこれまでの問題を解決できてこなかったことを強調し、それらの問題を解決するには世代交代が必要だとアピールし、一躍注目を集めることになった。

 さらに敬虔なクリスチャンで移民の子であり、自身がLGBTであることも公表している。多様な側面がある候補であることを逆手にとって、さまざまな支持層にメッセージを発信できるという強みを選挙戦でうまく生かしている。

 ブティジェッジ候補の選挙戦で特筆すべきは、マッキンゼー流の選挙戦略にある。戦略の基本は選択と集中だが、その定石通り、かなり早い段階からアイオワ州とニューハンプシャー州に資源を集中させてきたのだ。

 つまり緒戦でのサプライズ勝利は実は戦略通りの結果だったということだ。そして全米的に無名だった候補者から、一躍、全米の注目を集める候補へと浮上することに成功した。上院議員時代のオバマ氏と同じやり方で「ブティジェッジ? いったい誰?」という噂とともに全米デビューに成功したわけだ。もしこのまま民主党の予備選挙で勝ち進むことができ、トランプ大統領との本選挙を戦うことができたら、トランプ大統領にとっては一番の難敵になるといわれている。

ブラッドリー効果

 では、マッキンゼー出身の初のアメリカ大統領は誕生するのだろうか。

 実は大統領選挙本選にあたっては2つの壁が存在している。ひとつめは黒人票だ。ブティジェッジ候補はサウスベンド市政においてアフリカ系アメリカ人政策に失敗して再選の際に黒人票の多くを失っている。トランプ候補としてはこの点を大いに突いてくるはずだ。ヒラリー候補が2016年の大統領選で接戦州をつぎつぎと落とした原因は、ヒラリー候補がアフリカ系アメリカ人からまったく支持されていなかったことが大きい。ブティジェッジ候補はその二の舞になりかねない弱点を持っている。

 そしてもうひとつはブラッドリー効果である。ブラッドリー効果とはアメリカの選挙でみられる「特定の特色をもった候補者に関して、事前の世論調査と実際の投票が一致しない現象」のことである。

 1982年のカルフォルニア州知事選挙で、事前の世論調査で圧倒的に有利とされていたトム・ブラッドリー元ロサンゼルス市長が、実際の投票では対抗のデュークメジアン候補に敗れてしまった。その理由はブラッドリー候補が黒人だったことで世論調査がゆがめられたのだといわれている。つまり世論調査で「ブラッドリーを支持しない」という意見を表明することは人種差別主義者としてイメージされかねない。だから対外的にはブラッドリー候補を支持すると言っていた人たちが結構たくさんいた。その人たちが実際の選挙では白人の対抗候補に投票したのだ。

 ブティジェッジ候補は多様な側面を持つといったが、なかでも注目されるのがアメリカ初のLGBTの大統領候補者だという点だ。その点が大統領選挙の本番でブラッドリー効果をもたらす危険性が十分にありうる。カメラの前ではLGBTに寛容な態度を示す有権者が、投票となると行動が変わることを計算に入れる必要があるということだ。

 さて、このような弱点があるにもかかわらず、ブティジェッジ候補がトランプ大統領を破る可能性がある民主党候補の筆頭であることは間違いなさそうだ。そしてこのことはトランプ有利の下馬評がこの後、11月の本選挙に向けて変わる可能性が出てきたということにほかならないのである。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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