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阿部誠「だまされないマーケティング…かしこい消費者行動:行動経済学、認知心理学からの知見」

無名メーカーの商品、なぜ高くても客は満足?価格を決定づける取引効用理論の有用性

文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
無名メーカーの商品、なぜ高くても客は満足?価格を決定づける取引効用理論の有用性の画像1
「Getty Images」より

 まずは以下のような状況を考えてみましょう。

「夏の暑い日、ビーチで寝ころんでいたところ、友達がビールを買ってこようと提案しました。この近辺でビールを買えるところが、おしゃれなリゾートホテルのバーしかなかった場合、あなたはいくらまでなら払いますか? または、近場でビールを買えるところが古びた食品雑貨店しかなかったら、あなたはいくら払いますか?」

 多くの人は、ホテルでしか買えない時に払ってもいいと思う金額のほうが、食品雑貨店でしか買えない時に払ってもいいと思う金額よりも高い額を答えるでしょう。これは予想されるビールの価格が、2つの場所で違うからです。

 製品価格の高低を判断するため、消費者が頭の中に抱いている基準価格のことを内的参照価格と呼びます。これは、過去の経験や記憶など多様な知識から形成されるため、人によって異なった価格になります。

 内的参照価格に影響を与える要因としては、

(1)外的参照価格(店内やパッケージに提示されたメーカー希望小売価格、参考価格、通常価格など)

(2)文脈:購買状況(TPOなど)

(3)知識(売り手のコストや社会的公平性など)

が挙げられます。文脈には、他製品の存在から受ける妥協効果・魅力効果、極端の回避効果、価格帯効果なども含まれます。

需給が一致すると期待されるところに価格は設定されない

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『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(阿部誠/KADOKAWA)

 2017年にノーベル経済学賞を受賞したテイラーの取引効用理論では、モノ・サービスの売買からもたらされる満足度(全体効用)は、製品自体から得られる価値「獲得効用」と、お得に買えたかを評価した「取引効用」の和になっています。

 先のビーチの例で考えてみましょう。「獲得効用」は製品それ自体からの正味効用なので、暑いビーチでビールを飲んだことで得られる価値とビール代を支払う経済的痛みの差に依存します。「取引効用」は取引自体の良し悪しからもたらされる正味効用なので、ホテル(あるいは食品雑貨店)で予想される価格と実際に支払った価格との差に依存します。

 ここで商品自体がもたらす金銭的価値(暑いビーチでビールを飲んだことで得られる価値)を「等価価格」と定義すると、取引効用理論は下の図と式で表せます。

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 少し複雑ですが、実務的な意味合いを考えると、取引効用理論の有用性が見えてきます。伝統的な経済学では、価格は需給のバランスによって市場メカニズムから決まるとされていますが、現実社会では需給が一致しない価格付けが多々見られます。

 たとえば、レストランで顧客の混み方によって値段を変えることはありませんし、電力消費が発電量の上限に近づいても電気代は変わりません。また、人気コンサートやイベントのチケットは高値で転売されるにもかかわらず、額面価格はそれよりかなり安く設定されていることが多いです。

 その理由は、売り手が顧客の取引効用を考慮しているからなのです。取引効用に影響を与える内的参照価格は社会的公平性や商品のコストを強く反映します。需給が一致するからといって法外な価格付けをすると、取引効用が下がって顧客のリピート購買に悪影響が出たり、売り手が暴利をむさぼっているという口コミが流れたりする可能性があるからなのです。それを理解している賢いマーケターは、需給が一致すると期待されるところに価格を設定しません。

取引効用を高める手段

 商品の価格を変えないで取引効用を高めるために、売り手には2つの手段があります。

 一つ目は内的参照価格を高くすることによって、取引がお得だと客に思わせることです。定価やメーカー希望小売価格を高めに設定することは、特に品質の評価が難しい、たまにしか買わない商品に有効です。無名メーカーのメーカー希望小売価格は、往々にして有名メーカーのそれと比較して、かなり高く設定されていることがあります。あるいは、パッケージや店舗の外観をコストがかかっているように見せることも内的参照価格を上げることに役立ちます。

 二つ目の手段は、内的参照価格のない世界をつくることです。たとえば、今までにないサイズ(1リットルのワインボトル)や価格フォーマット(携帯電話の年間契約価格)を提供したり、他の商品と抱き合わせることによって個別の価格をわかりにくくしたり、値引きセールはセール価格ではなくポイント還元にする、などが考えられます。

 売り手が外的参照価格を使って消費者の内的参照価格に影響を与える際、それが消費者の誤解を招いたり不利になったりしないよう、消費者庁などは常に市場の監視を行っています。メーカー希望小売価格と実際の販売価格を並べて販売することは多くの店舗で行われており、これ自体には問題がありません。

 しかし2017年、ABCマートは、メーカー希望小売価格が存在しない自社ブランドの商品にも、この表示を行って不当に割安感を演出したということで、消費者庁は景品表示法違反(有利誤認)の再発防止を求める措置命令を出しました。つまり、ABCマートが自身で希望小売価格を決めたはずなのに、それに対してさらに販売価格を設定するのはおかしいとの理由です。

 また、ジャパネットたかたが2017年に通常価格と会員様特価の両方を表示した際、通常価格としての販売期間が短かったり(2週間未満)、通常価格での販売終了から時間が経過していたり(1カ月以上)というもので、やはり景品表示法違反(有利誤認)で是正命令を受けました。

(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)など著書多数。
東京大学教員紹介 阿部誠ページ

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