NEW
「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

日本の高度経済成長は“偶然”という歴史的事実…朝鮮戦争なければ東南アジア並みの国

文=加谷珪一/経済評論家
【この記事のキーワード】, ,

輸出というのは国内事情とは無関係に決まる

 もうひとつの偶然は世界経済の構造転換である。戦前の社会では、軽工業の比率も高く、全面的に重工業へのシフトが進んでいるとはいえない状況だった。だが戦後になって、欧州の経済復興やアジア各国の独立が進むにつれて、工業生産が全世界的に拡大し、消費者の生活が急激に豊かになった。

 急拡大する需要を満たすため、とにかく多数の工場を必要としたのが、1950年代から60年代にかけての世界経済であり、この流れにうまくマッチしたのが、安い労働力で品質のよい製品を大量生産できる日本という存在だった。

 経済学では支出面のGDPについて、消費、投資、政府支出、輸出の4つに大別できるが、この中で外的要因のみで決まるのが輸出である。GDPの定義上、輸出というのは、国外の需要ということであり、国内消費分以上に生産が行われていることを意味する。輸出があれば、より多くの生産設備を備える必要があり、この設備投資への支出が国内所得を大幅に増大させる。

 日本メーカーが良質な製品を作っていたのは事実だが、急激に工業製品への需要が拡大するタイミングで、安価な労働力を提供でき、輸出を拡大できたのは、やはり偶然といってよいだろう。

 政府が実施した産業政策についても同じようなことがいえる。

 終戦直後に実施された傾斜生産方式(石炭と鉄鋼の生産に資源を重点配分する施策)を皮切りに、日本は多くの産業政策を実施し、これが高度成長に寄与したといわれている。特定の産業分野に焦点を絞り、各種の補助金や税制優遇、外国企業の参入規制などによって育成を図るといういわゆるターゲティング・ポリシーは、現在でも日本の産業政策の中核となっている。

 確かに一部の業界では通産省(現経済産業省)による支援や合理化計画が功を奏したケースもあったが、一方で同省は、自動車産業を不要と見なすなど、多くの致命的な判断ミスもあった(自動車メーカーの数を制限すべきという通産省の要請を産業界が受け入れていたら、今の日本の自動車産業は存在しなかっただろう)。国内需要の拡大と旺盛な海外需要に対して、政府による資源配分がうまくマッチしたという面が強く、産業育成で経済成長が実現したとまでは言えない。

日本は輸出で得た資本蓄積の重要性をもっと理解すべきだ

 この手の話をすると、何を勘違いしているのか、ほぼ必ず「日本を貶めている」といった意味不明の批判が出てくるのだが、筆者が言いたいのはそういうことではない。

 朝鮮戦争特需に始まる日本の高度成長は、外生的に決まる大きな海外需要に支えられたものであり、これによって日本は巨額の資本蓄積を実現できた。近年は、中国や韓国、東南アジアの経済成長によって、日本以外にも多くの工業国が生まれており、製造業の競争環境は激化している。歴史の必然として高い競争力を持った工業国は、ほぼ100%、後発の新興国にその座を奪われており、日本も例外ではない。昭和の時代、目立った競合相手が存在しない中で、半ば独占的に多くの工業製品を輸出することができたのは本当にラッキーであった。

 日本はこの幸運によって得た資本蓄積の重要性をもっと認識し、これを最大限生かすような経済の舵取りを行う必要があると筆者は主張したいだけだ。

 全世界の工業化とそれに伴う工業製品に対する特需は、1990年代でひとつの区切りを迎えており、2000年以降は知識経済への移行によってITサービスへの需要が飛躍的に高まっている。加えて、経済のグローバル化が進んだことで金融資本が持つ重要性も増している。

 日本は蓄積した外貨を運用することで、すでに貿易黒字をはるかに上回る投資収益(所得収支)を得ているのが現実であり、かつては輸出しなければ稼げなかった水準の外貨を、寝ているだけで稼ぐことができる。

 日本は、大量生産を前提にした従来型産業を捨て去るタイミングをとっくの昔に迎えており、資本蓄積と1億人の消費市場を活用した知識経済への移行をもっと早く進めるべきだった。ベストな時期は逃したが、まだチャンスはある。この産業シフトを実現できれば、日本経済を次の成長フェーズに乗せることはそれほど難しいことではない。

(文=加谷珪一/経済評論家)

情報提供はこちら
RANKING
  • 連載
  • ビジネス
  • 総合