元学会エリートが目指す、理想の「学会像」

 そんな学会の青年将校ともいうべき、学会エリート3人組が決起した。『実名告発 創価学会』(金曜日刊)を著した野口裕介、滝川清志、小平秀一の3氏だ。

 もっとも、彼らは今、学会本部職員でもなければ学会員でもない。彼らなりに学会を憂い、学会内部で自らと気脈を通じる仲間と結束を強めた――。これが学会では御法度の「組織内組織」と捉えられ、職員としては懲戒解雇、学会員としては除名という、社会人としても、信仰者としても“極刑”ともいうべき刑を言い渡された。

 いわば無冠となった元学会エリートは、「安保体制容認は池田氏の意思とは真逆」「幹部や職員の官僚化・権威化」と批判し、もはや「今の学会本部には師匠(池田氏)の精神はない」(同書より)と切って捨てている。

 同書から伝わってくる彼らの主張は、「今の学会は、池田名誉会長が目指した学会精神とはかけ離れたもの」であり、「学会の高級幹部が、師匠である池田氏に末端会員の実情を伝えない」ので、学会内部に軋轢が起こる。だから官僚的で権威化著しい学会幹部を排して、池田氏のもとに学会を取り戻そうといったところか。

 このあたりも、二・二六事件の青年将校が「君側の奸(君主の側につきながらも、その君主をないがしろにし、君主を思うがままに動かし、悪政を行う者)」とみなした天皇側近の政治家や財界人を自分たちで排除、「天皇による直接政治(親政)」を目指したこととどこか重なって映る。

 だが、二・二六事件では、「天皇のために」決起した青年将校たちは、その天皇から「私のもっとも信頼する大臣たちを殺害した」と怒りを買い、反乱分子として処刑された。

 旧陸軍は二・二六事件を逆手に取って軍部内の統制をますます強め、本来、政治には関与しない立場の軍部が深く政治にかかわり、その権限と権益を実質的に広げていった。結果的に旧陸軍は“焼け太り”したという声もあるくらいだ。

 現代の学会に目を向けると、元学会エリート3人組の決起も早々に“反乱”とみなされ、彼らが愛した学会から除名・懲戒解雇とされた。今や学会員たちの間に彼らの名は「反逆者」として刻まれており、学会内部で口にすることも憚られる存在だという。

 二・二六事件の旧陸軍と同じく、令和の時代の創価学会もまた、元学会エリート3人組の反乱を契機に、組織内の不満分子を一掃、かつてないほどに学会内部は結束、この組織力をウリに権力の中枢への食い込みに成功した。

 本来、権力に対して一定の距離を置くはずの宗教が、権力の傘に入る――。このあたりも、政治とは一線を画すはずの軍が政権に食い込み、権勢を欲しいままにした旧陸軍の軌跡と奇妙なほど似通っている。

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