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片田珠美「精神科女医のたわごと」

異常な買いだめや自粛…新型コロナ、過剰反応の連鎖を生んだ安倍首相と国民の“喪失不安”

文=片田珠美/精神科医
異常な買いだめや自粛…新型コロナ、過剰反応の連鎖を生んだ安倍首相と国民の喪失不安の画像1
写真:つのだよしお/アフロ

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、買いだめが社会問題になりつつある。トイレットペーパーやティッシュペーパー、さらには米や缶詰などの買いだめが相次ぎ、結果的に品切れになっているようだ。

 一方、自粛の動きも全国的に広がっている。こうした動きについて、実業家の堀江貴文氏は「この異常な自粛ムードはおかしい」というツイートを引用し、「完全にやりすぎ」との考えを示した。

 たしかに、買いだめも異常な自粛ムードも、明らかに「やりすぎ」で、過剰反応のように見える。このような過剰反応を起こすのは、根底に喪失不安が潜んでいるからであり、連鎖しやすい。

喪失不安によって連鎖する過剰反応

 まず、買いだめの連鎖は次のような心理メカニズムによって起きる。

 誰かがデマに踊らされて喪失不安を覚え、当面必要でもないのに多めに買う。そういう人が何人もいると、棚の商品が目に見えて減る。ときには、何もなくなることさえある。それを目にした人は、「本当に商品がない。これは大変だ」と喪失不安にさいなまれて、買いだめに走る。こうして買いだめの連鎖が起きるわけだが、このような事実の報道も買いだめにさらに拍車をかける恐れがある。

「これだけ多くの人が買いだめをしているのは、それなりの理由があるからに違いない。自分も買いだめをしておかないと困るかもしれない」と不安に駆られる人もいるだろうし、「他の人も何人も買いだめをしているのだから、自分もやっていい」と自身の買いだめを正当化する人もいるだろう。

「やりすぎ」ともいえる自粛も、喪失不安に突き動かされている可能性が高い。イベントを開催したり営業を続けたりして、万一感染者が出たら、どれだけ叩かれるかわからない。ネット上で「おまえのところが金目当てで営業を続けたせいで感染が広がって、みんなに迷惑をかけている」「おまえのところのせいで東京オリンピックを開催できなくなったら、どう責任をとるのか」などとバッシングされるかもしれない。最悪の場合、営業停止に追い込まれかねない。

 そういう事態を招いて、すべてを失うのではないかという不安が、一律の自粛ムードの大きな要因になっている。そして、それに拍車をかけているのが日本社会特有の強い同調圧力である。

安倍首相の喪失不安

 安倍首相が先週唐突に一斉休校を要請したのも、喪失不安に駆り立てられたからではないかと疑いたくなる。この要請について、安倍首相は3月2日の参院予算委員会で

「直接、専門家の意見を聞いたものではないが、大人のみならず子どもたちへの感染事例が各地で発生し、判断に時間をかけるいとまがない中で、私の責任で判断した」

と説明している。おそらく、ほぼ独断で決断したのだろう。

 この休校要請に対して、親が満員電車で通勤しているのに学校だけを閉鎖しても効果があるのかと疑問視する声が少なくない。それだけでなく、一斉休校によって予期せぬ副作用が出るのではないかと懸念する医師もいる。

 こうした意見に十分に耳に傾けることなく、安倍首相が一斉休校を要請したのは、強い喪失不安のせいだと私は思う。後手後手の対応やクルーズ船での防疫の失敗などによって感染が拡大し、支持率が低下したため、このままでは東京オリンピックを開催できなくなるのではないか、いやその前に首相の座を失うのではないかと喪失不安にさいなまれた可能性が高い。

 安倍首相の喪失不安を何よりもかき立てたのは、これまでは岩盤支持層だった保守派が批判的になったことかもしれない。中国人を入国禁止にしなかったことに対して、保守派の一部が批判の声をあげるようになったので、安倍首相は危機感を抱き、新型コロナウイルスと全力で戦う姿勢を示しておく必要があると思ったのではないか。

低い致死率

 現在、新型コロナウイルスによる死者の数は世界全体で3000人を超えており、喪失不安が強くなるのは仕方がないのかもしれない。ただ、致死率が決して高いわけではない、むしろ低いことを忘れてはならない。

 WHO(世界保健機関)などの専門家チームが中国で行った共同調査の報告書によれば、

湖北省武漢では致死率が5.8%だったのに対して、その他の地域では0.7%と大きな差が出ている(全体の致死率は3.8%)。また、今年1月1日から10日までに発病した患者の致死率は17.3%だったのに対して、2月1日以降に発病した患者の致死率は0.7%と低下している。これは、新型肺炎の治療法が次第にわかってきたからだろう。

 致死率が低いという点で、中世のヨーロッパで流行し、2000万人の死者を出したペストのような致死的伝染病とは明らかに違う。この点を念頭に置いて、冷静に対処すべきなのに、政治家も国民も浮き足立っているように見える。

 現在の日本の狂騒は、後世の歴史家の目には滑稽に映るのではないか。来世紀の歴史書には次のように書かれるかもしれない。

「2020年の新型コロナウイルスの流行は、日本の凋落に拍車をかけた。多数の死者が出たからではない。政治家も国民も、喪失不安に駆り立てられて過剰反応を起こし、社会が混乱したからである」

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

ウォルター・シャイデル『暴力と不平等の人類史―戦争・革命・崩壊・疫病』鬼澤忍、塩原 通緒訳、東洋経済新報社

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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