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「忖度」は体育会系企業の病? 日本的“無責任構造”がつくられる仕組み

新刊JP
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※画像はイメージ(新刊JPより)。


 上司が体育会系。会社の体質が体育会系。

 そんな職場で働いている人もいるだろう。一概に体育会系組織が悪いとは言えないが、「体力に任せた長時間労働」「過剰な一体感」「体育会特有のノリ」などを周囲にまで強要するようだと、違法労働や組織的なセクハラ・パワハラに結びつきやすいとはいえるだろう。実際、近年の企業不祥事の事例を見ると、少なからず「体育会系」の性格を持った企業はあるようだ。

■体育会系企業を蝕む「忖度」という病

『体育会系上司 – 「脳みそ筋肉」な人の取扱説明書 -』 (榎本博明著、ワニブックス刊)では、どんな要因によって体育会系組織が病んでしまうのを分析、こうした組織との正しい付き合い方を提案する。

 政治のニュースで「忖度」という言葉が話題になったが、同じように体育会系でも忖度が原因で組織が病んでしまうことがある。「下々の者が権力者の意向を汲んで、彼らに都合のいいように道をつける」という意味で使われてイメージが悪くなってしまっている「忖度」だが、もともとは単純に「他人の心中をおしはかること」という意味で、悪い言葉ではない。

 だから、忖度すること自体も一概に悪いとは言えないし、むしろ「気配り」と言い換えれば、いいイメージがある。

 忖度するには、相手の視点に立って物事がどう見えるかを想像することが必要。けれど、忖度する側や期待する側の動機が不純な場合があるのは想像に難くない。これが不祥事につながってしまうという。

 立場が上の人から忖度するようにと無言の圧力をかけられることもある。後々自分への批判が起こりうる意見は、言質をとられるのを避け、下の立場の人に自分の思いを汲み取らせるのだ。こうした悪い忖度が常習化して、当たり前になると、感覚が麻痺していく。

 このような察しのコミュニケーションは、何か問題が起きたり、都合の悪いことが明るみになったとき、上司は部下が勝手にやったことで自分は指示していないという逃げ道を作っている。では、部下が全責任を負わされるかというと、意思の疎通が悪かったと責任逃れができる。このように、無責任構造が造られ、組織が病んでしまうのだ。

 言葉に出してはっきり言わなくても察し合いによって伝わることを期待するのは、体育会系組織だけでなく、日本社会のコミュニケーションの問題点ともいえる。本書から、なぜ体育会系組織の悪い部分はつくられてしまうのか、を考えることで、その対策や付き合い方も見えてくるはずだ。

 体育会系組織、体育会上司の表面的な熱さや爽やかさに惑わされてはいけない。自分を守るためにも一読してみると得るものが多いだろう。
(T.N/新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

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