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新型コロナ感染者が出て全国から“いじめ”…湯浅町の内部で何が起きていたのか?

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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済生会有田病院

 新型コロナウィルス感染の拡大で、ついに大相撲の本場所が前代未聞の「無観客興行」となった。チケット代の返金だけでも損害額は10億円を下回らない。3月8日からの大阪場所開幕の1週間前、3月1日の理事会決定だが、実は感染者が出た和歌山県湯浅町でも3月31日に大相撲巡業の「湯浅場所」が予定されている。実行委員会の北野幹夫さん(70)は「巡業についてはまだ協会が決めていないが、小さな町で32年ぶりの行事。みんな楽しみにしているので、なんとか実施したい。でも大阪の住吉大社での本場所前の土俵入り奉納も中止になったし……」と気を揉む。

 感染は北海道にまで広がったが、当初は和歌山県と横浜のクルーズ船くらいという印象だった。とりわけ、医師を含む5人が感染した「済生会有田病院」が有田市ではなく隣接する湯浅町に立地していたため、ニュースで町名が何度も報じられてしまった。

 紀ノ川の下流に位置するこの町は、日本の醤油発祥の地。濃い「たまり醤油」や「金山寺味噌」でも知られる。明治時代からの醤油の醸造蔵、古い民家などの町並みは国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、小さな町に年間50万人の観光客が訪れ、関西空港から来る中国人観光客も多い。

 2月24日、保存地区に近いレストラン「きてら」で新鮮な「シラス丼」に舌鼓を打った。行楽日和の連休なのに客は筆者夫婦ともう一組だけ。経営する男性は「少しずつ回復していますが、かなり減っています。うちのように10人、20人くらいまでの店はまだいいのですが、大きな宴会場などは団体客にキャンセルされ大変みたいです」と話した。実際、1月末に有田病院での感染が発覚して2、3日のうちに、約400人が2~3月の宿泊や宴会をキャンセルしたという。

 影響は「ふるさと納税」にも及ぶ。ミカン、シラス、醤油、味噌など特産品の返礼品について「送らなくていいから、金を戻せ」という人たちもいた。2月16日、仁坂吉伸知事は会見で「ナンセンスで怒りを感じる」と語った。翌年の発送にできないか、など町役場などは苦心している。とはいえ、そこは「ふるさと」。感染報道の後、逆に申し込みが増えた。窮地に陥った故郷を応援する人たちも多かったのだ。 

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和歌山湯浅町の街並み

 湯浅町の騒動は少しずつ収まっていたが、2月28日、有田病院に入院していた71歳の男性患者が死亡。感染者数が13人となっていた和歌山県の窓口には「感染した患者の住所を教えろ」との問い合わせや、有田病院の医師や看護師の名を調べる動きもあった。仁坂知事は「湯浅町が汚染されているかのような全国的な『いじめ』が起きている」と怒っていた。

 有田病院はどう見ても院内感染だったが、当初、仁坂知事は院内感染を否定していた。パニックを恐れたのだろう。東大卒の元通産官僚の落ち着いた対応は県民に安心感を与えたようで、無用なパニックは防げた。安倍首相が全国の公立小中高校休校と大仰な対応を取りながら、五輪対策で感染者数を増やしたくないのか、肝心な検査のハードルを高めるなか、和歌山県はいち早く検査キットを取り寄せ、医療関係者らが徹夜状態で多くの県民を検査した。当初、症状が重くなってからしか検査を許さなかった政府に対し、仁坂知事は「おかしい」と怒っていた。

43年前の有田市コレラ騒動の記憶

 仁坂知事の頭にあったのは、40年以上昔のある騒動ではないか。「有田ミカン」で知られ、高校野球の強豪、箕島高校もある和歌山県有田市で1977年(昭和52年)に起きた「コレラ騒動」を筆者は覚えている。同年6月、有田市立病院に下痢症状の激しい3人の患者が入院した。食中毒を疑ったが3人が同じ物を食べた形跡もなく食中毒菌が出ない。

 湯浅保健所が調べるうちに入院患者が増え、厚生省の調べで患者からコレラ菌が検出された。コレラは致死率の高い恐い病気とされたが、長らく死亡者も出ず「過去の病気」と思われていただけに、患者発生が報道されると「コレラの有田市」というイメージが一挙に全国に広まった。

 まもなく別の病院で71歳の男性患者が死亡する。コレラでの死者は1964年以来で、パニックは増幅する。患者が集中した有田市の海側で事実上の「外出禁止令」が敷かれ、学校は閉校となる。世界保健機関(WHO)は有田市をコレラ汚染地域に指定した。3万5000人の市民の3人に1人に検便が実施され、町中に消毒剤が散布された。

 東京都は有田市からの農産物や海産物の仕入れを禁じ、名産のミカンや海産物などは次々と廃棄され当時で47億円の被害が出た。風評被害や差別も拡大、有田市在住の社員は出勤停止にされ、大阪では和歌山ナンバーの車を締め出すレストランも出た。県は「無保菌者証明書」を発行する事態になった。7月には感染拡大は収まるが、最終的に97人がコレラ菌に感染、41人が発症し1人が死亡した。患者が多かったのは市立病院だが、海南市民病院や、今回騒動になった済生会有田病院でも患者が出た。

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アドベンチャー・ワールドも閉園

 さて2月24日、筆者はアポなしで済生会有田病院を訪れた。マスク姿の男性職員に名刺を渡すと「ここで報道対応はしませんが、事務長に名刺は渡しておきます」と言われた。実は筆者は2月22~24日の3連休、「こんな時に和歌山に行くの?」という声のなか、神戸から和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドでパンダ見物を敢行、湯浅町訪問は帰路だった。騒動の影響だろう、アドベンチャーワールドは連休真ん中の好天日にしては入場者が少なく、愛らしいパンダをゆっくり楽しめた。と思ったら直後の2月29日から閉園となっていた。

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かわいいパンダさん、春休みも会えないのか。白浜町

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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