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今井亮一「知らないと損する裁判傍聴記」

高齢者の交通事故裁判で珍しい執行猶予付き罰金刑 控訴で被告人が望んだ禁固刑下る

文=今井亮一/ジャーナリスト
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 被告人の目の前には女性書記官が、驚いた顔で座っている。傍聴席からはまったく見えなかったが、被告人の腹部のあたりにヘルペス(帯状疱疹)があるらしい。弁護人は被告人のそばへ出てきて、被告人の足をぐいっと持ち上げた。

弁護人「こんなんなってるんです! 指もっ!」

 なるほど、足がひどく浮腫み、爪が剥がれかけているようだ。

被告人「今、背中からブロック注射を週に2回、1回1580円…このアレが痛むんです。血糖値は300で…」

弁護人「(医師は)死んじゃうって、言わない?」

被告人「気をつけろ、とは…」

弁護人「奥さん、もっと悪い。あなた刑務所(※)、入れられちゃったら、奥さん、死ぬかね!」

 なんというやりとりだ。

※労役場留置の刑は拘置所や刑務所などの施設で執行される。労役場留置は1日5000円の労働ではない。財産刑を自由刑にかえて執行するにあたり、自由を奪う期間を1日5000円でカウントする。換刑処分という。

より重い禁錮刑はどうかと裁判長が提案

 被告人は苦笑した。すると裁判長が、いつもように勢いよく、土建業の親方のようなドスが聞いた声でこう言った。 

裁判長「罰金50万円、分割で払えばいいじゃん」

被告人「分割…どのくらい」

裁判長「それは(検察と)相談すればいい。たとえば(労役の)封筒貼りなんか、できるんじゃない? いや、封筒貼りと決まったもんじゃないけどね。そういうのやりたいとは思わない?」

被告人「(困って)え~」

 私は傍聴席で、おかしくてたまらなかった。そうして裁判長はこんなことを言いだすのだった。

裁判長「ぶっちゃけた話ね、禁錮刑で執行猶予のほうがいいんじゃないか?」

 交通事故の量刑相場の階段はこうなっている。

1、罰金刑の執行猶予(ただし希有)

2、罰金刑の実刑

3、禁錮刑の執行猶予

4、禁錮刑の実刑

 貧困な者にとっては、罰金刑の実刑より禁錮刑の執行猶予のほうが断然ありがたい。財布から金が出ることはなく、執行猶予の期間を無事にすごせば刑務所へ行かずにすむのだから。

被告人「じゃ、それ(禁錮刑の執行猶予)でやってもらえれば」

裁判長「いや、そうなるわけじゃないよ(笑)」 

 私は密かに腹を揺すって笑った。罰金の実刑を飛び越して、いくら猶予付きとはいえ禁錮刑というのはあり得ない。検察官もうつむいて小さく笑っていた。

 判決の言い渡しは1カ月後の8月15日とされた。私は旧盆で帰省し、傍聴できなかった。しかしどうも気になり、あとで調べてみた。なんと、原判決破棄、禁錮6月、執行猶予3年。本当に量刑の階段を飛び越したのである。なぜそんな“離れ業”をやってのけたのか。

 普通の裁判官なら原判決破棄、罰金の実刑とするはず。せいぜい、一審の求刑の50万円より5万円か10万円下げる程度だろう。だがそれは被告人と内妻の生活に大きなダメージを与える。何より、希有な執行猶予付き罰金刑とした虎井裁判官の心意気を踏みにじることになる。かといって控訴棄却、つまり一審の執行猶予付き罰金刑を維持すれば、検察は最高裁へ上告する可能性がある。最高裁は官僚的だ。量刑相場を守って罰金の実刑とする可能性が高い。ならば、俺が泥をかぶっても、被告人に不利益を与えず、かつ検察に上告させない判決を書いてやろう。そういうことだったのではないか。

 簡裁の虎井寧夫裁判官も、高裁の矢村宏裁判長も、被告人と内妻の苦境を思いやり、大胆な判決をやってのけたわけだ。私はちょっと涙が出そうになった。

(文=今井亮一/ジャーナリスト)

●今井亮一【いまい・りょういち】

交通ジャーナリストとして著書多数。初めての裁判傍聴は1980年頃。2003年から交通以外の裁判も傍聴し始め、いわゆる裁判傍聴マニアに。メールマガジン「今井亮一の裁判傍聴バカ一代」を週3号発行。

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