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成馬零一「ドラマ探訪記」

AbemaTVの恋愛ドラマ『僕だけが17歳の世界で』が秀逸な理由…民放地上波と何が違う?

文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家
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 ファンタジックな設定なのに、甘美な過去よりもつらい現実を生きている芽衣の痛々しさのほうが際立って見えるのは、つくり手が若い視聴者に向けて作品をつくろうとしているからだろう。演出も近年の民放ドラマにありがちな説明過多のものではなく、映像で語ろうとしている。脚本、演出、キャスティングにおいて、民放ドラマに引けを取らない作品である。

 その意味では満足の仕上がりなのだが、だからこそ、もう一段上を期待してしまうというのは、贅沢な注文だろうか?

過去のドラマの再生産から脱却できるか

 新しい地図(稲垣吾郎、香取慎吾、草彅剛)のバラエティ『7.2 新しい別の窓』が看板番組になっていることからも明らかなように、AbemaTVはテレビとは違う新しいコンテンツというよりは、今の地上波放送ではつくれなくなってしまった自由度の高いバラエティ番組や、若者向けの学園ドラマを生み出す場所となっている。

 良く言えばネットとテレビのいいとこ取りであり、悪く言えばどっちつかずの中途半端さが常に漂っている。そのため、せっかくインターネットテレビという新大陸でつくっているのに、つくられている番組が過去のテレビ番組の再生産に見えてしまうのが、なんとも歯がゆい。それは『僕だけが17歳の世界で』にも感じることだ。

 現在の民放地上波の状況を考えると、再生産でもできているだけマシではないかと消極的に肯定してしまう自分もいるのだが、やはりインターネットテレビでしかできない新しい表現が見たいのだ。もちろん、これは期待しているがゆえの不満である。

 過去のテレビドラマを再生産するのではなく、AbemaTVという新天地でつくられたことの意味を示すような場所に着地してほしい。そう願っている。

(文=成馬零一/ライター、ドラマ評論家)

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