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藤和彦「日本と世界の先を読む」

原油価格暴落、今世紀初の需要減少…OPECプラスの協調減産の枠組み失効へ

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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「gettyimages」より

 米WTI原油先物価格が暴落している。2017年1月からOPEC加盟国とロシアなどの非加盟国(OPECプラス、世界の原油生産の4割超を占める)が実施してきた原油価格を下支えしてきた協調減産の枠組みが、今年4月以降に失効することになったからである。

 OPECプラスは今年1月から日量210万バレルの協調減産を実施してきたが、中国で発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、世界の原油需要が日量400万バレル減少するとの見方が強まり、3月5日から6日にかけてその対応を協議してきた。OPECは「減産幅を現在の日量210万バレルから360万バレルにまで拡大する」案を提示したが、ロシアが難色を示し「現行の減産を今年3月末から6月末まで延長する」ことに固執したことから、協議は物別れに終わってしまった。

 ロシアでは「減産を続けていれば世界の原油市場でのシェアを米国のシェール企業に奪われるだけだ」との懸念から、石油企業全社が減産幅拡大に反対したといわれている(3月7日付日本経済新聞)。プーチン大統領に近いとされるセチン氏がCEOを務める国営石油会社の最大手ロスネフチの関連会社が、今年2月にベネズエラの石油取引を支援したとして米国から制裁を受けたことも、反米意識の高まりを助長したとされている(3月7日付ZeroHedge)。

 サウジアラビアとロシアの3年以上にわたる協調関係はこれまでもぎくしゃくすることがあったが、新型コロナウイルスへの対応をめぐりOPECプラスの枠組み自体が瓦解してしまうとは誰が予想しただろう。だが、それ以上に予想外だったのは、サウジアラビアが「原油政策を180度転換する」と表明したことである。同国政府関係者は8日、「日量970万バレルの原油生産量を、4月に日量1000万バレルを大幅に上回る規模に拡大する」ことを明らかにした(3月8日付ブルームバーグ)。過去最大の日量1200万バレルまで増産することも視野に入れているとされている。

サウジアラビア、政策を大幅転換

 サウジアラビアはなぜこのタイミングで原油政策を大幅転換しようとしているのだろうか。筆者はOPECプラスの会議直前に勃発したサウジアラビアの政変に注目している。米紙ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルによれば、5日、次期国王と目されるムハンマド皇太子の命令により、サルマン国王の弟であるアハメド王子、ナエフ前皇太子などの有力王族が相次いで拘束されたという。拘束の容疑は「国家反逆罪」であり、王族らは終身刑か死刑に処せられる可能性があるが、ムハンマド皇太子から牙を抜かれた状態である王族らが反乱の狼煙を上げられるとは考えにくい。

 今回の粛清事件の直接的な引き金は今のところ明らかになっていないが、サウジアラビアでは新型コロナウイルスの感染者が確認されたことから、5日からイスラム教の2大聖地であるメッカとメディナへの巡礼が禁じられたことが関係しているのかもしれない。

 サウジアラビア国内では、開明的な政策を推進しているムハンマド皇太子に対する保守派の反発は根強い。聖地巡礼を禁止したことで保守派の反発がこれまで以上に高まることを恐れたムハンマド皇太子が、有力王族が保守派に祭り上げられることを恐れて未然に反乱の芽を摘んだと考えられるからである。

 ムハンマド皇太子は従来からOPECと協調する現在の路線を快く思っておらず(3月9日付日経新聞)、今回の政変を機に原油政策についても拡張路線に舵を切ることにしたのではないだろうか。

 OPECプラスの追加減産協議が不調に終わったことで、脱石油政策を掲げるサウジアラビアにとっての希望の星である国営石油会社サウジアラムコの株価は、8日初めて公開価格の32リヤルを下回った。これにより、政府の求めに応じてサウジアラムコの株式を積極的に購入した個人投資家は含み損を抱えることになってしまった。サウジアラムコの株価が低迷するようでは、今後予定されている海外での株式公開もままならない。

 ムハンマド皇太子は「原油価格が上がらないのであれば、生産量を拡大して、サウジアラムコの収入を増加させる」という路線のようだが、はたしてうまくいくのだろうか。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、21世紀に入って初めて世界の原油需要が減少するという最悪のタイミングで、これまで生産を抑制してきたサウジアラビアがスイングプロデューサー(価格安定を図るために調整役を担う産油国)の立場を放棄すれば、9日朝の時点で1バレル=30ドル台前半にまで下落したWTI原油価格は、20ドル以下にまで下落してしまうかもしれないからである(3月8日付ZeroHedge)。

 生産量を増やしても、それ以上に価格が下がってしまっては元も子もない。サウジアラムコの株価が回復しない限り、ムハンマド皇太子が思い描くビジョンも水泡に帰してしまう。にっちもさっちもいかない状態になることが目に見えている。「身から出た錆」との要素が強いが、新型コロナウイルスの影響でムハンマド皇太子が率いるサウジアラビアは、ますます窮地に追い込まれてしまうのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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