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阿部誠「だまされないマーケティング…かしこい消費者行動:行動経済学、認知心理学からの知見」

なぜ「自分へのご褒美」「金曜日のプレモル」だと人は買うのか?頭の中の口座と購買行動

文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
なぜ「自分へのご褒美」「金曜日のプレモル」だと人は買うのか?頭の中の口座と購買行動の画像1
「gettyimages」より

 まずは以下の2つの状況を考えてみましょう。

・状況A:1万円のミュージカルのチケットを買って会場に行ったところ、チケットをなくてしまったことに気付きました。

・状況B:ミュージカルを見るため会場でチケットを買おうとしたところ、ポケットに入れていた1万円を落としてしまったことに気付きました。

「あなたは追加で1万円を支払ってミュージカルを見ますか?」という質問に対して、Aでは46%の回答者が、Bでは約2倍の88%が支払うと答えました。この違いは、なぜ生じるのでしょうか?

なぜ「自分へのご褒美」「金曜日のプレモル」だと人は買うのか?頭の中の口座と購買行動の画像2
『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(阿部誠/KADOKAWA)

 多くの人は、1カ月の生活費を住居費、食費、交通費、通信費、娯楽費などカテゴリー別に配分し、それぞれの口座の範囲内でやりくりします。すると、Aではミュージカルのチケット代として、計2万円が今月の娯楽費の口座から計上されることになり、それは多すぎると感じるのでしょう。 

 それに対してBでは、落とした1万円は娯楽口座からの支出とは見なされないため、追加の1万円は娯楽費として適切だと判断されるのです。

 この現象を説明するため、2018年にノーベル経済学賞を受賞したテイラーは、同じ金額のお金でもそれが属する口座によって価値が違って感じられ、その結果、使い方も変わってしまうという心理的勘定を提唱しました。ここでいう口座とは、銀行口座のことではなく、カテゴリーや時間(TPO)によって区別されたもののことです。

 人は予算制約の下で、得られる効用が最大になるように金銭を使って財を消費します。この場合の最適消費ルールは、おおざっぱに表現すると、予算の範囲内でコストパフォーマンス(費用対効用)が一定以上の財をすべて購入することになります。テイラーは、この購入の判断に用いられる閾値が口座、つまりTPOによって異なることを提唱したのです。

 この閾値が高い贅沢品や依存性のある製品(タバコ、ギャンブル)に対しては、「欲しいし、買いたいけど、買わない」という自制心を説明できます。逆に、長期的に有益な財の閾値は低いため、たとえば教育やエクササイズに対して人は積極的に消費をする傾向があります。

複数口座に関する4具体例

 複数口座に関する具体例を、実際のマーケティングで考えてみましょう。

 1番目は贅沢品のマーケティングです。ここでは、消費者の自制心を和らげるために、購入を自己正当化させる「理由付け」を提示することが重要です。たとえば、「自分へのご褒美」「特別な日のお祝い」「金曜日のプレモル」「(輸入車の購入で)家族の安全のため」などです。

 また、長期的なメリットを訴求すれば閾値が下がるため、「長い目で見るとお得」などのメッセージも効果的です。

 2番目はギフトのパラドックスを紹介します。次の質問を考えてみてください。

 ワイン好きの友人の誕生日に、彼女が

(A) いつも飲んでいる500円のワインを20本送る

(B) 普段飲んでいない5000円のワインを2本送る

のどちらを行えば、より友人を喜ばせることができるでしょうか?

 効用最大化行動(つまり合理的消費者)を前提にすると、本人が買わないモノは効用が低いと考えます。したがって受け手が買うものをプレゼントすべきということで、答えは(A)になります。しかし一般的には、受け手が普段、買わないもの、特に贅沢だと思って自己抑制から消費を躊躇しているものを贈る(B)のほうが喜ばれます。

 同じような理由から、プレゼントでは、受け手は金銭を贈られたほうが自身の効用を最大になるように消費できるはずですが、モノをもらったほうが喜ばれます。一つの理由は、現金は生活費の一部に組み込まれてしまい、自制心から贅沢品などを買わなくなってしまうということが挙げられるでしょう。

 3番目はギャンブルの例です。汗水たらして稼いだお金は大切に使うのに、ギャンブルや宝くじで儲けたあぶく銭は大金でもパーッと使ってしまうので、「ギャンブル用口座」に属するお金と考えられます。あるいはギャンブルにおいて1日の予算をキッチリと決めて、それ以上、負けたらやめるという場合は「日別口座」を持っていると考えられます。これらは人が心理的に複数口座を管理していることの裏付けです。

 4番目の例は、家計の支出に関する時間別口座です。子育てで支出が多い若い世代より、子の巣立った世代のほうが収入は多いので、若いときに借金をすることは合理的な選択肢となりえます。しかし多くの人は月額予算の範囲内に支出を抑えて借金を避けます。これも時間で区切られた口座の存在によって説明できます。

(文=阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

阿部誠/東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)など著書多数。
東京大学教員紹介 阿部誠ページ

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