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木村貴「陰謀論のリアル」

米国、世界100カ国以上で通信傍受…永世中立国スイス通信機器メーカーが関与

文=木村貴/経済ジャーナリスト
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「gettyimages」より

 米政府が中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)に対する非難を強め、事実上の禁輸措置を課すなど制裁を続けている。製品に不正な機能が組み込まれ、スパイ活動に用いられる安全保障上の懸念があるという。

 トランプ米大統領は2019年5月15日、安全保障上のリスクがある会社の通信機器を米企業が使うことを禁じる大統領令に正式署名した。ファーウェイなど中国通信機器大手の米国からの締め出しを狙った措置だ。米商務省も同日、大統領令とは別にファーウェイおよび同社の関連企業70社を同省の「ブラックリスト」に記載し、米企業との取引を困難にする制裁措置を発表した。

 米情報機関は、ファーウェイが中国政府とつながっており、同社製品には政府のスパイが使用できる「裏口」機能が埋め込まれている可能性があるとしている。その証拠は公表されておらず、ファーウェイ側はこの疑惑をたびたび否定している。

 けれども疑惑の真偽以前に、米政府にはスパイ活動を理由に他国を責める資格がない。なぜなら米国自身、長年にわたり大規模なスパイ活動に手を染めてきたからだ。しかも皮肉なことに、その手口は米情報機関がファーウェイや中国政府の手口として非難する方法そっくりなのだ。

クリプト社

 米情報機関によるスパイの実態は2月、米紙ワシントン・ポスト、独公共放送局ZDF、同じくスイスSRFの共同取材によって明らかにされた。それによると、米中央情報局(CIA)とドイツの情報機関、連邦情報局(BND)の依頼を受け、スイス企業クリプトが1970~93年の間、国際スパイ活動「ルビコン作戦」に協力していたという。

 スイス企業のスパイ活動への関与について、以前から疑義はあったものの、具体的に提起されたのは初めて。スイス連邦参事会(内閣)も調査を開始した。当時の参事会メンバーが作戦を承知していたとの報道もあり、永世中立国としてのスイスの信用を揺るがしかねない問題となっている。

 CIAとBNDは1970年、リヒテンシュタインの財団を隠れ蓑にして、クリプト社を折半で買った。それより前から緩やかな協力関係はあったが、買収によって情報機関はクリプト社を完全に掌握した。

 クリプト社は当時、暗号化装置の分野で世界をリードしていた。機密通信を傍受されないよう暗号化する装置だ。同社は数十年にわたり、2種類の暗号化システムを装置に搭載していた。一つは通信の安全性を完全に守るシステム。もう一つはそうでないもの、つまり解読可能なシステムだ。安全性が完全に守られた解読不可能な装置はスイスなど一部の国でしか販売されなかった。

 CIAとBNDは解読可能な装置を使って、同盟国か敵国かを問わず、世界中の機密情報を傍受していた。不正を仕込んだ装置は100カ国以上で使われ、世界の政府機関や大使館、軍部の数十万件に及ぶ通信が、米独の情報機関によって組織的に傍受されていた。これが冷戦下で始まった国際スパイ活動のうち最も成果を上げたものの一つとされる、ルビコン作戦だ。

 クリプト社の顧客は、同社の実際のオーナーがCIAであることを知らずに装置を購入した。1970年代からは米国家安全保障局(NSA)も機密奪取に加担した。

コンドル作戦

 冷戦時代、永世中立国のスイス製であることは強い売り文句になり、クリプトは米国とその同盟国に装置を納入できる利点があった。

 米国もこれを政治的に利用した。通信を傍受し放題だったため、外交交渉や軍事戦略で格段に有利になった。1978年のキャンプ・デービッド合意、79年の在イラン米国大使館人質事件、89年のパナマ侵攻などだ。スイス製装置を利用した盗聴活動に関し、批判を浴びているのが「コンドル作戦」をめぐるCIAの態度だ。

 コンドル作戦とは、1970年代後半から南米の親米反共独裁政権が組織的に行った、反体制派とみられる人々に対する暗殺や虐殺などのテロ活動である。秘密作戦のため正確な犠牲者数は不明だが、5万人が殺され、3万人が行方不明となり、40万人が投獄されたともいわれる。この非人道的な作戦に対し、米政府とCIAはさまざまな支援を行った。

 コンドル作戦のおもなメンバーはチリ、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビア、ブラジルであり、のちにペルー、エクアドルの軍事政権も参加した。米ニクソン、フォード両政権で大統領補佐官や国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャー、CIA長官を務めたジョージ・H・W・ブッシュ(のちの大統領)も関与したとされる。

 作戦に加わった独裁政権は互いに協力するため、秘密の連絡網を築いた。ところが、この連絡網にもスイス製の不正な暗号化装置が使われていたのである。このためCIAは盗聴により、南米でのテロ活動の実態をひそかに知ることができた。

 ところがワシントン・ポストなどが入手した文書によれば、CIAは残虐なテロに関する情報を得ていたにもかかわらず、何もしなかった。CIAのスパイも情報を知る高官も、目前で繰り広げられる人権侵害を明らかにしたり食い止めたりするために、まともな努力をした形跡がないという。

 現在、米政府は少数民族ウイグル族の弾圧などについて、中国政府を人権侵害と批判する。だが南米では自ら大規模な人権侵害に手を貸し、情報を得ても見て見ぬ振りをしていた。これでは中国を批判する資格はない。

CIAもファーウェイも同じ行為

 1993年以降、クリプト社と情報機関との関係は明らかになっていないが、2018年1月まではCIAが関与していた可能性もあるという。米政府が中国製の通信機器を国内の通信網から排除する規制の検討を発表したのは2018年3月だから、ほとんど同じ時期だ。米政府は中国側が通信機器の不正利用でスパイ活動を行うと非難しながら、自分はすでに同じことをやっていたのである。

 それだけではない。2014年には、米国家安全保障局が米シスコシステムズの通信機器を輸送途中に入手し、スパイが利用できる裏口機能を仕掛けているとCIA元職員エドワード・スノーデン氏が暴露した。16年には米政府高官が米アップルや米グーグルなどの幹部に裏口機能の提供を要請していた。

 日本の大手メディアでは、証拠も示さずファーウェイや中国政府を声高に非難する米政府の主張があたかも事実のように伝えられがちだ。もちろん中国がスパイ活動とはつねに無縁だと言うつもりはない。けれども市民の権利を脅かす点では、「自由と民主主義」を麗々しく掲げる米国の情報機関も変わりはないことを知っておくべきだろう。

(文=木村貴/経済ジャーナリスト)

木村 貴/経済ジャーナリスト

木村 貴/経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。1964年熊本生まれ、一橋大学法学部卒業。大手新聞社で証券・金融・国際経済の記者として活躍。欧州で支局長を経験。勤務のかたわら、欧米の自由主義的な経済学を学ぶ。現在は記者職を離れ、経済を中心テーマに個人で著作活動を行う。

Twitter:@libertypressjp

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