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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」

街中で新型コロナ感染者に偶然出会う確率をフェルミ推定で推論してみた

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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一部閉鎖された東京・上野公園(写真:長田洋平/アフロ)

「どこに新型コロナウイルスがいるかわからないので本当に怖くて外出できない」

 つい先週、リアルに聞いた友人の叫びです。根拠を聞くと、「だって検査が十分にできていないうえに、今増加している新規感染者も経路がわからないわけでしょう。この場にウイルス感染者が絶対にいないとは誰も言えないじゃない」とのこと。その気持ちはわかります。「じゃあなんで君は今、この居酒屋にいるのか?」などという野暮な質問はしないでおいて、その代わりにこの友人に私がどんな話をしたのかをお話ししましょう。

 それから数日たっていますが、この記事を書いている3月29日の最新数値(WHOのCOVID-2019 Situation Reports 69)のデータを用いて、新型コロナの感染者が近くにいる恐怖をどう冷静に捉えたらいいのか、経営コンサルタントの手法をもとにお話ししましょう。

 私たちコンサルタントが使う道具のひとつに「フェルミ推定」というテクニックがあります。フェルミ推定とは「情報が不十分な状況で、だいたいの数をうまく見積もる技術」です。経営の現場では「この商品の潜在ユーザーは市場に何人ぐらいいるだろうか?」とか「昨年一年間にわが社のサービスに不満を感じて去っていった固定客はどれくらいだろう?」といった正解を知ることが難しい数値が欲しい場合があります。このようなときに仮説を立てながら、なるべくそれに近い数字を探っていこうという技術がフェルミ推定です。

 まずフェルミ推定をするにあたって、今回の心配事を定義してみましょう。

「よほどの症状が出ている人でないと新型コロナについて自治体がPCR検査をしてくれない。そのせいで厚生労働省が把握公表している1866人という感染者数(3月30日時点)という数字よりも多い感染者が世の中に存在しているように思える。また感染者の8割が軽症者で、なかには無症状の人もいる。そういった人が知らずに町を出歩いているはずだ。それが何人いて、町で自分と接触する危険性はどれくらいあると考えるべきなのか?」

 まあ、こんな感じでしょうか。そう定義するとこの問題は、あなたの回りにコロナ陽性だと知らずに出歩いている人が1万人いるのか1000人ぐらいなのか、それとも10万人いるのかがわかれば半ば解決することがわかります。そしてこれくらいのケタ数を探る場合にはフェルミ推定は有効な推論手法です。

感染者数を逆算してみる

 さて、公表されている感染者数が信用できない人でも、比較的信用してくれる数字がひとつあります。それは厚生労働省から公表されている新型コロナによる死亡者数です。日本の新型コロナでの死亡者数は54人(厚労省発表/3月30日時点)ですが、この数字は死後に検査をしたところコロナだと判明した人も入っていますから、より信頼度が高い数字だということは読者の皆さんにも共感していただけると思います。

 そこでここから感染者数を逆算してみましょう。新型コロナの致死率はいろいろな数字が出ています。単純にその国で把握されている死亡者数を感染者合計数で割ると、イタリアが10.8%、フランスが6.2%、中国が4.0%、アメリカが1.6%、そして日本が2.9%という数字になります。そして日本の3.5%の母数である感染者数の1866人が信用できないというのが今回の問題です。

 おそらく感染者はもっと多いと考える人にとっては、論理的に推定される本当の致死率はもっと低いはずです。計算してみるとわかりますが54人から感染者を逆算する際に致死率が2%と低いと仮定すると、計算される推定感染者は36÷0.02=2700人、1%なら同じ計算式で5400人というように推定感染者数は増加します。

 さてWHOが公表している新型コロナの致死率は3.4%だとされています。ただこの数字は医学者の意見としては、本来の数字よりも高いとされています。海外の大半の国でも急速なパンデミックのせいで十分な検査ができていないのです。実際、震源地の武漢では致死率は3.4%ではなく1.4%だという論文が発表されています。武漢で確認された患者数について重度の患者の比率が高いことから、検査能力の限界があって検知されていない軽症患者がもっとほかにいたはずだという根拠で母数の感染者数を修正したようです。

 イタリアで致死率が高い理由のひとつが医療崩壊です。感染者やその疑いがある患者が病院に殺到して十分な治療を受けられないことで、助けることができない重症者が多いため致死率が高くなるということです。日本では医療が進んでいることから、日本での今日時点での致死率は武漢の推定値よりももっと低いと考えることが妥当だと思われます。

自動車事故に遭う確率との比較

 では日本での致死率はどの程度でしょうか。ここはフェルミ推定の際の肝となる技術ですが、なるべく確からしい数値を探すことで精度を上げていきます。私が推定するにあたって取り上げた情報が2つありました。ひとつはクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のデータです。新型コロナが蔓延した場所でほぼ全数検査ができていてかつ母数が多いから統計的推論にも利用できる。治療も日本の水準で行われているという理屈です。ダイヤモンド・プリンセス号では712人が感染して死亡者は10人。致死率は1.4%でした。

 もうひとつ参考にできると考えたのが韓国です。ドライブスルー検査やウォークスルー検査を駆使してとにかく国を挙げて検査体制を強化し、その結果感染者をあぶり出すことに成功して、一時の爆発的感染者数増加から反転して新規感染者数を抑えこむことができました。そして日本と同様の先進治療が受けられる状態も維持できています。この韓国での致死率は1.6%です。

 この2つのデータを参考に、日本でも先進的な医療体制がまだ崩壊せずに保たれている本日時点での致死率を(2つのうちの低いほうの)1.4%と仮定してみましょう。そうするとフェルミ推定として54人の死亡者から逆算して日本国内の感染者は3857人程度だと推論できます。うち1866人の存在は把握されているので、把握されておらず市中を出回っている可能性のある感染者は2000人程度だと概算できるのです。これがフェルミ推定というテクニックです。

 もう少し推定を精緻にしてみましょう。感染者のうち治癒して陰性になった人が日本には結構いらっしゃいます。この治癒率は、直近では判明している1866人の患者に対して22.7%です。判明している患者が時間がたって陰性になった比率ですからこれは統計的には全体にも利用できると考えましょう。そこで、この数字を使って先ほど推論した患者数のうち治癒した人を除いてみます。すると残りはだいたい1600人。

 この過程はいろいろと試してみると、推計値はより満足がいくようになります。試したうえでそれほどケタ数が変わらなくなれば、予測数値はだいたいそれぐらいだと考えるようにします。今回の記事では1600人程度という数字をフェルミ推定による「今、自分が感染したと知らずに外出している日本国内の新型コロナ陽性の人の推定人数」としてみます。

 では、このひとたちに街中で出会ってしまうリスクをどれくらいだと考えるべきでしょう。東京都を例にとって概算してみますと、ここ数日で感染者が急増したせいで全国の確定感染者の23%が東京在住です。そこでフェルミ推定した1600人の潜在感染者のうちその23%を計算すれば都内にいるのは360人程度だと考えられます。

 その360人と「運悪く飲食店で同席してしまう危険性」をどれくらいだと考えるべきでしょうか。ひとつわかりやすく表現すると、それは飲食店でめちゃくちゃ有名な芸能人が隣の席に座っている確率とだいたい同じだと考えることです。

 日本人が交通事故で死亡する数は毎年3000人程度です。現時点のパンデミックの状況であれば、飲食店で偶然1600人の感染者に出会って自分が感染してしまうのは自動車事故で死ぬのとそれほど変わらないか、やや小さい確率です。コロナ感染者とすれ違う心配をする人の気持はわかりますが、それは外出のときに「今日、車に轢かれて死んだらどうしよう?」と心配するようなものです。要するにその程度の心配なのだと私は友人に話しておきました。

再生産数が上がる可能性も

 ただ一方で間違えてほしくないのですが、気づかずに市中を出回っている人が1600人いることで、将来は確実に感染者は増えます。ひとりの感染者が何人に感染させるかという数字を再生産数といいますが、今のところ日本ではそれがおおむね1程度に抑えられていたので日本での感染者は爆発的には増えない状況にはありました。

 ただ4月に入れば「いつまでも自粛していられない」という事情からまた町に人が戻り、再生産数が上がる可能性があります。実際日本の新規感染者数も死亡者数も緩やかに増える傾向にあって減ってはいない。つまり再生産数の実態は今でも1よりもやや多いということです。

 そして今回の記事でのフェルミ推定はまだ日本の死者数が少ないという前提での話です。今後、フランスのように死者2000人、スペインのように5000人、イタリアのように10000人と状況が変わったとしたら、当然今回フェルミ推定した感染リスクも変化します。

 さらに飲食店のリスクでいえば、隣の席に感染者がいる確率は低くても、その店を感染者が同じ日に利用したというリスクはもう少し大きい数字になります。飲食店の一日の利用者数は小規模な飲食店で50人、居酒屋チェーンで150人、ファミレスで300人ぐらいですから、洗面所のドアノブやドリンクバーのボタンなど大人数が触る場所を触る確率を考えたら、その確率は50倍から100倍ぐらいに跳ね上がるかもしれません。

 つまり忘れてはいけないことは外出先では頻繁に手洗いをすることです。新型コロナの感染リスクは過度に心配することはないという今回の記事ではありますが、できる予防はしっかりとするに越したことはないということも重要なのです。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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