経常赤字は必ずしも悪いことではない
日本の製造業が、ドイツのような超高付加価値型ビジネスへの大胆な展開を図れば話は別だが、今のところその見込みは薄い。高齢化のスピードや日本企業の競争力低下の現実を考えると、10年以内に経常収支が赤字化しても何ら不思議ではない。
筆者は、これまで、「経常収支が赤字に『転落する』」など、経常赤字は悪いことであるというニュアンスで文章を書いてきた。経済学的に厳密な話をすると、経済成長と経常収支は直接、関係しないので、経常収支が赤字なのか黒字なのかは、あくまで状態を示しているだけであり、良いことでも悪いことでもない。実際、毎年、多額の経常赤字を出しながら、高い成長を維持してきた米国のような国もある一方で、経常赤字の拡大が信用不安を呼び、インフレが加速する国もある。
ただ日本の場合、製造業による輸出、あるいは現地生産によって経済を成り立たせてきたという経緯があり、この産業構造が維持されている限り、経常赤字になることは、各方面に様々な弊害をもたらすことになる。したがって、日本が経常赤字に転じることについて悪いニュアンスが伴うことは、ある程度、やむを得ないだろう。
では日本は今後、どうすればよいのだろうか。
経常赤字化がほぼ確実であるならば、その状態と整合性がとれる経済体制を構築するのがベストということになる。具体的には消費主導型経済への移行である。
これまでの日本経済は輸出産業の設備投資が国内の所得を増やし、それが消費を拡大するというメカニズムで回っていた。だが、このような産業構造は、製造業の国際競争力が低下すると機能しなくなってしまう。インバウンド消費も、需要が海外に存在するという意味では一種の輸出であり、潤う業種が違うだけで基本的な図式は同じである。
日本経済は、日本人自身の消費で経済を回す消費経済にシフトしており、国内の産業構造もそれに合わせた形に変革しなければならない。具体的には、日本の主要産業に躍り出た国内サービス業の生産性を向上させ、賃金を引き上げることである。
サービス業の賃金が上がれば、消費も拡大し、それが賃金上昇に結びつくプラスの連鎖が始まる。日本の購買力が増えれば、付加価値の低いものはさらに輸入するようになるので、経常収支は赤字になるが、経済が成長すれば貯蓄の額も増えるので、設備投資や財政を犠牲にしなくても済む。
経常収支が赤字になるということは、一部の資金を海外に頼るということになるので、国内の金融市場をさらに活性化させ、健全な投資資金を呼び込む工夫も必要となるだろう。一連の変革が実現すれば、経常赤字への転落を恐れる必要はまったくない。
(文=加谷珪一/経済評論家)