どうも、“X”という小さな芸能プロダクションでタレントのマネージャーをしている芸能吉之助と申します。
新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、ぼくが仕事をしているエンタメ業界もこれまでにないほどの大きな打撃を受けています。音楽やイベント、舞台関係の現場は、まさに地獄絵図といった感じです……。
2月26日、政府が大規模イベントの中止や延期を要請したことを受け、その日以降の大きなライブやイベントは続々と中止が決定されました。特に、この日ドームライブが予定されていた人気グループのEXILEは開演5時間前、Perfumeは開演3時間半前という、あまりにも直前にライブ中止が決定し、大きな話題となりました。主催者側も、本当に苦渋の判断だったと思いますよ。
ドームクラスのライブツアーなどの大規模なイベントが中止された場合、損害は億単位にのぼります。この“損害”をイメージする際には、よく“チケット代×動員数”で計算されることが多いですよね。たとえば、東京ドームで開催されるライブの場合だと、「1万円のチケット×5万人動員=5億円の損失」……などといったふうに。でも、実際にはライブツアーでの損害というのは、そんな単純なものではないんです。

直前にドーム公演を中止したEXILEやPerfume
例えば、仮にビッグアーティストが全国を回るドームツアーで40万人(×チケット代1万円)を動員したとすると、単純計算でいうと40億円のチケット売り上げが見込めるわけですが、しかしそもそもライブというものは、会場使用料や舞台制作費、音響や照明、宣伝費、人件費……etc.で非常に多くの経費・制作費がかかっています。大規模なライブになればなるほどチケット売り上げと経費・制作費はほぼトントンのことが多く、実際の利益はマーチャンダイズ、いわゆるグッズなどの物販で得ている場合がほとんどです。
なので、公演が中止されたことによって生じるこの損害分のお金というのは、主催者の儲けとなるはずだったものではなく、ツアーを作り上げるためのモノや人に支払われるはずだった分なわけです。ではそこで、「ライブが中止になって損害が出たので、支払うべきだったギャラを安くしてください」と、関係各所に簡単に言えるのか? といえば、言えるパートもあれば、言えないパートもある、ということになります。
例えば、大掛かりなステージのセットなんかは、ツアー全体のトータルで使用する前提で制作している場合が多い。全公演を通して使用されることで初めてリクープできる計算になっているわけです。なので、ツアーのうちいくつかの公演が中止になったからといって、ステージ担当の業者さんに支払う金額(セット制作費・スタッフ代・全国移動するトラックの費用……などなど)から、単純に「中止になった分のセット費用は払わなくていいよね!」なんてふうには、もちろんなかなかできないんですよね……。
ライブ当日に稼働するはずだったスタッフの人件費などについては、早めにライブ中止が決定していれば「この日は稼働なしだからギャラなし」という対応が可能なこともありますが、先述のEXILEやPerfumeのように、開演直前のキャンセルだった場合はそうもいかない。たぶん、全額を主催者側が負担していると思いますよ……。

ゲネプロまで進行していた倉科カナの主演舞台
ライブより、もっと状況が悲惨なのが演劇です。
演劇の舞台って、公演自体の期間は1〜2週くらいだったとしても、その1〜2週間のために役者さんたちは最低でも1カ月くらいかけて稽古をしているし、そのブッキングに至っては、2〜3年くらい時間をかけていることもあります。そのくらい前から準備しないと、いい劇場も、人気役者のスケジュールも空いてないものなんです。
そんなふうに時間と情熱をかけて準備してきた公演が中止になってしまうというのは、金額的な損失はもちろんですが、それ以上に、スタッフやキャストが受ける精神的苦痛がものすごく大きいと思うんです。
2月末に世田谷パブリックシアターで上演予定だった倉科カナちゃんの主演舞台『お勢、断行』も、確かゲネプロ(=本番直前の通し稽古)まで終わってから中止が決定したと聞いています。噂では、中止決定を聞いた瞬間その場に泣き崩れるキャストもいたとか……。キャスト・スタッフ全員でそこまで積み重ねてきた演劇が、ただひとりの観客からも見られないまま終わってしまったショックというのは、相当なトラウマになるでしょうね……。
ライブの場合は、まだ“延期”という対応が可能なのですが、演劇の場合はそれが難しい。というのは、ライブはそのアーティストさえ動ければのちのちになんとかすることも可能なのですが、演劇の場合は関わっているキャストが多すぎて、ましてやそのキャストが人気者になればなるほど、キャストたちのスケジュールをひとつの公演のために再び集めるなんてことは至難の業になってくるわけなんですね。
そしてそもそも、開催しようにも劇場がどこも空いていない! 都内近郊のいい劇場は、数年後の枠までほとんど埋まっているというのが実情ですからね。
2月14日から彩の国さいたま芸術劇場や他県で上演されていた『ヘンリー八世』(演出/吉田鋼太郎、主演/阿部寛)も、2月28日以降の公演はすべて中止となってしまいました。知り合いの関係者に聞いたところによると、公演途中で終わってしまったこの舞台を再び上演したいという熱い思いは多くのスタッフにあるらしいのですが、もしそれが実現するとしても2022年以降になってしまうとのことでした。舞台というのは、仕切り直しがきかない、本当に一期一会のものなんですね……。