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藤和彦「日本と世界の先を読む」

原油、大余剰で“お金を払って処分”の動き…「石油の時代」の終焉、中東で大惨事の前兆

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
原油、大余剰で“お金を払って処分”の動き…「石油の時代」の終焉、中東で大惨事の前兆の画像1
「gettyimages」より

 米WTI原油先物価格は4月20日、史上初めてマイナスとなった。暴落の引き金を引いたのは、WTI原油先物に投資するETF(上場投資信託)である(4月22日付日本経済新聞)。米国内の原油貯蔵施設がなくなりつつある状況下で、最大手のユナイテッド・ステーツ・オイル・ファンド(USO)などによる手じまいの「売り」が殺到したことで前代未聞の状態が発生したのである。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、今年に入り世界の原油需要は日量3000万バレル以上減少したと見込まれるが、OPECとロシアなどの非加盟産油国(OPECプラス)が9日に決定した追加減産量は日量970万バレルと、需要減の3分の1にも満たない。実施されるのも5月からである。

 世界の原油市場が極端に供給過剰になったことで、行き場を失った原油は貯蔵タンクに溜まる一方である。WTI原油の受け渡し地点であるオクラホマ州クッシングの原油の貯蔵容量は約8000万バレルだが、空きスペースはすでに約2000万バレルに縮小し、このままのペースで進めば5月中旬までには満杯になるとされている。

 スペースがなくなれば、決済日(5月21日)を迎える期近物(5月物)に投資していたUSOは石油精製業者ではないので、現物を受け渡されても扱いに困ってしまう。「お金を払ってでも現物をさばきたい」と焦ったUSOなどの「売り」が「買い」を圧倒したことから、WTI原油先物価格はマイナスになってしまったのである。

 この事態に慌てたOPECプラスは21日、緊急の電話会議を開いたが、新たな措置に関する決定はなかった。トランプ米大統領も石油業界への支援策を策定するよう各省庁に指示したことを明らかにしたが、具体的な内容はなかった。

 マイナス価格となったことで原油先物市場に対する信頼感が大きく損なわれ、「もはや簡単には通常の取引に戻ることはない」として、原油価格に対する下押し圧力は続くとの見方が強まっている(4月21日付ブルームバーグ)。米WTI原油先物価格の6月物も1バレル=10ドル近辺にまで急落し、WTIと並ぶ指標価格である北海ブレント原油先物価格も20ドル割れした。

 原油価格がマイナスになったことでシェール企業の大量倒産がいっそう現実味を帯びてきており、市場の混乱はジャンク債市場に波及し、さらには金融市場全体にまで及ぶとの心配が生じている(4月21日付ZeroHedge)。サブプライムローン市場の不調が、あっという間に金融市場全体を巻き込む大混乱に発展したというリーマンショック時と現在の状況が似てきているのである。

 価格がマイナスになるということは、「お金を払ってでも処分したい」ということを意味する。貯蔵タンクに溜まり続ける原油を市場関係者が「ゴミの山」と称した(4月20日付ロイター)ように、原油は家電製品などの粗大ゴミと同じになってしまったのである。かつて原油は国の帰趨を制する戦略物資として位置づけられていた。第1次世界大戦で当時のフランスを率いたクレマンソー首相が語ったとされる「石油の一滴は血の一滴」というフレーズはあまりに有名である。

世界の原油需要、すでにピークを過ぎたのか

 石油の長期的な見通しについても変化が生じることが予想される。国際エネルギー機関(IEA)は「世界の原油需要は2030年代にピークを迎える」としているが、OECD諸国の原油需要に限っていえば2006年にすでにピークを打っている。

 その後、中国の「爆食経済」のおかげで世界の原油需要は増加してきたが、新型コロナウイルスのパンデミックの収束後に世界の原油需要が以前の水準(日量約1億バレル)に戻る保証はない。世界各地の企業が緊急避難的に導入した在宅勤務やサプライチェーン(部品供給網)の縮小の動きが続く可能性が高いからである。

 欧米ではかねてから気候変動問題への関心から「石油離れ」の動きが強まっている。私たちが気づかないうちに世界の原油需要はピークを過ぎてしまい、すでに「ポスト石油」時代が到来しているのかもしれないのである。

勢力を盛り返しているのはイスラム国

 長らく世界の檜舞台に立っていた原油だが、その引き際に大きな混乱が起こるのではないだろうか。世界の大産油地帯である中東地域の地政学リスクが一気に顕在化する可能性が高いからである。中東諸国は原油安に加えて新型コロナウイルスの感染拡大の対応に翻弄されているが、これを尻目に勢力を盛り返しているのはイスラム国である。

 そのイスラム国の勢力が16日、チュニジアで新型コロナウイルスを悪用したテロを開始した。チュニジア政府によれば、新型コロナウイルスに感染した疑いのある実行犯を治安部隊に侵入させ、ウイルスを蔓延させるという新種のテロを企んでいた。テロは未然に防止されたものの、イスラム国がウイルスの感染者を多数テロリストに仕立て、中東全域で反転攻勢に出るのは時間の問題である。

 イスラム国がターゲットとするのは、イラク(OPEC第2位の生産国、日量約480万バレル)だろう。イスラム国の拠点の一つだったイラクは、昨年10月から無政府状態が続いており、直近の原油価格急落で最も大きな打撃を蒙った国の一つである。公衆衛生レベルは悪化の一途を辿っており、イスラム国の新型コロナウイルスを用いたテロ攻撃の最適の地といっても過言ではない。

 このように、原油価格がマイナスになったという事実は、今後世界に起きるかもしれない大惨事の前兆かもしれないのである。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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