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江川紹子の「事件ウオッチ」第150回

江川紹子の考察【新型コロナ対策「店名公表」】をめぐる懸念…強権主義の誘惑には抗いたい

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 早くウイルスを封じ込めてほしい、という人々の願いが、スピーディで強い権限行使の期待につながっている。それは当然の感情といえるが、同時に、無自覚な強権主義が社会のなかに芽生え始めている兆候ととらえることもできる。それは、一般市民からの警察への通報にも現れている。

法治主義をないがしろにしないために

 緊急事態宣言が出されて以降、パチンコ店だけでなく飲食店などに関しても「自粛中なのに営業しているのはおかしい」、あるいは「公園で子どもが遊んでいる」などと告げる110番通報が急増している、と報じられている。事件でも事故でもなく、警察になんら権限のないことをこうして通報されても、警察も困るだろう。

 このような時にメディアが行うべきは、人々の不安や怒りに対する野放図な共感ではなく、むしろ強権主義への誘惑に抗い、法と権力の適正な行使の重要性を冷静に説くことではないか。

「非常時だから」と法の拡大解釈や権限の目的外使用を認めれば、それは必ず前例となる。平時に戻った後にも、恣意的な法の利用を許すことになりかねない。

 パチンコの例でいえば、現行法のもとでは、店名公表ですら、適正といえるのか議論が分かれる。ある種の制裁であるのに、反論の機会を与えるなどの手続きもなく、行政の裁量権を逸脱しているのではないか、という指摘もある。

 現在の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」は、知事による休業などの「要請」を行った時、それに応じない事業者に対しては「特に必要があると認めるとき」に限って「指示」ができる。しかし、それに従わない場合のペナルティは定められていない。

 そこが問題であるならば、法的根拠があいまいなまま不利益処分をしたり、人々の不安や怒り、憎しみをかき立てて対象を袋だたきにしたりするのではなく、必要な法改正を求めるのがスジだろう。

 たとえば、「指示」にも従わない事業者に対して、刑事罰ではなく、課徴金の制裁などの行政的な処分を科す、というやり方も考えられる。景品表示法では、「履くだけで痩せるストッキング」などの不当な宣伝をした業者に対し、都道府県知事が措置命令を出すことができる仕組みがある。その場合、法の要件に従って、消費者庁が課徴金の納付を命じることが可能だ。もちろん、不利益処分を科すに至るプロセスであるからには、業者に弁明の機会も与えられる。

 これは、ひとつの思い付きにすぎない。政府と国会が本気で検討すれば、もっといい方法も生み出せるだろう。こうした議論が始まれば、感染拡大防止に非協力的な業者の中には、強い警告と受け止めて、対応を変えてくるところも出てくるかもしれない。

 法改正には一定の時間を要する。現在、新型コロナ封じ込めは、最も優先度が高い課題であることは言を俟たない。「そんな時間はない」と言いたい気持ちもわかるが、日本は法治国家だ。今のこの状況にあっても、法治主義をないがしろにしかねない強権主義の誘惑には抗いたい、と思う。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か – 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。

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