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林晋哉「目からウロコの歯の話」

「自宅で歯列矯正」は絶対にやってはいけない…噛み合わせが悪化、全身に悪影響

文=林晋哉/歯科医師
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「Getty Images」より

 新型コロナウイルスの感染拡大防止として、外出自粛が要請されました。在宅勤務の奨励や小売業の営業自粛で、多くの人が自宅で過ごす時間が長くなりました。こうした在宅率の高さに目をつけたかのように、手軽に歯並び矯正ができると謳った「自宅で矯正」の広告が目につくようになりました。“LINEを使った歯科矯正サービス”や、“月3万円で通院なし”といった謳い文句で、何社かがインターネット上で展開しています。

 いずれも歯並びが気になる人を「自宅で手軽、低価格、短期間」という魅惑的な言葉でその気にさせて集客し、矯正医と結びつけるビジネスモデルで、医療とは程遠い新手の集客業です。

 この「手軽、低価格、短期」の矯正法は、透明のマウスピースを使って行います。ワイヤーで固定する方法ではなく、自分で着脱できるので「自宅で矯正」が可能というわけです。

 仕組みはこうです。はじめに歯型やスキャナーで歯並びの現状を計測します。それを元に、歯並びが揃うまでの歯の動きをAI(人工知能)でシュミレーションし、歯の移動過程を想定します。その各段階の形状に合わせたマウスピースを3Dプリンターで制作、これを食事の時を除いて1日約20時間、装着します。はじめはきつく感じられ、痛みもあるのですが、歯が動くにつれ違和感はなくなります。2週間をめどに次の段階のマウスピースへと順次変えていき、数カ月後に歯並びが揃っているという方法です。いかにも手軽で最先端の方法のようですが、そんなことはまったくありません。

絶対にやってはいけない「自宅で矯正」

 結論を先に述べますが、「自宅で矯正」は絶対にやってはいけません。筆者はこれまでにも再三、成人後の歯列矯正はするべきではないと、実例を挙げて警告してきました(文末にURL記載)が、最近はこの透明のマウスピースを使った矯正が原因で、つらい目に遭った患者さんが増えているのです。下記はそんな患者さんのおひとりが、自身の体験を綴ったものです。

「インビザライン(※)で2年かけて歯科矯正しましたが、歯並びが揃ってくるにつれて、どんどん噛み合わせが悪くなっていきました。麺や肉が噛み切れなくなり、小さな米粒も噛めていないような状況でした。そのうち良くなるのかと思いながら矯正を続けていましたが、途中で挫折してしまいました。

 食事の時間が憂うつになり、体調も優れなくなっていることに気づき、どうにかできないかと悩んでいる時に、インターネットで林先生の記事を見つけました。

 おかげ様で元の通り、普通に食事を楽しむことができるようになりました。1日3食を普通にとることが心身の健康に大切なことと、たった数ミリの噛み合わせがこんなにも重要だったのかと、あらためて思いました」(47歳・女性)
※筆者注:インビザラインとは、透明なマウスピースを使う歯列矯正法です。

 この方もそうですが、最近は「何歳でも歯列矯正ができる」と宣伝されているので、若い人だけでなく中高年にも、その被害は広まっています。その典型例は「奥歯が噛み合わない」ことです。

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安直な歯列矯正は咀嚼システムを壊し、全身症状を引き起こす

 歯列矯正をすると、なぜ全身症状が現れるのでしょうか。

 それは「咀嚼システム」が破壊されるからです。物を噛む時に口を動かすシステムを咀嚼システムといいます。咀嚼システムは、上下左右1本1本の歯の位置と、それぞれの接触状態が神経を介して脳に送られ、舌や頬粘膜を噛まずに食べ物だけを噛むように、咀嚼筋をコントロールし、なおかつそれら一連の動きが無意識にスムーズに行われる、非常に複雑で高度で繊細な機能を司る動的システムなのです。

 さらにこのシステムは、頭を支える各種の骨格筋や、喜怒哀楽を表す表情筋といった近隣のシステムとも協調しています。そのため、咀嚼システムに不具合があれば、それらにも影響を与え、頭痛、肩こり、首の痛み、めまい(頸性めまい)、うつ様症状などを引き起こすのです。

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 このシステムは、その人の年齢と同じ年月をかけて獲得・成熟した各人固有のシステムです。たとえ歯並びが不揃いだろうが、反対咬合だろうが、出っ歯だろうが、その噛み合せと全身が適応・調和し、機能しているのです。この咀嚼システムが働いて食事することが生命維持の基本です。したがって、ただ見た目を整えるために安直に歯並びを変えることは、この複雑で高度で繊細なシステムを急激に壊すことになり、とても危険なのです。

 問題なのは、こうした咀嚼システムの重要性を知っている矯正医が極端に少ないことです。まして、素人の業者ならなおさらです。もし知っていたら「自宅で手軽に歯並び変えましょう」などとは、口が裂けても言えないはずです。

 筆者の元には、矯正をしてつらい目に遭った患者さんの来院が絶えることはありません。この患者さんたちの検索ワードで多いものは「矯正、失敗、副作用、噛めない、体調不良」などです。そして治療が進んだ患者さんたちの共通の言葉は「こんな目に遭うと知っていれば矯正などしなかった」です。こんな事態を回避する唯一の方法は、成人矯正をしないことです。

 今は新型コロナ対策のためにも、いつにも増して健康に留意し、栄養バランスの良い食事を、よく噛んで摂ることで体力・免疫力を上げることが重要な時です。非常時で在宅率の高さに乗じた「自宅で矯正」の甘い誘いに乗ると、奥歯が噛み合わなくなって満足に食事ができずに健康を損ない、ウイルスへの感染リスクが上がってしまいます。さらに、経済的にも厳しい折に無駄な矯正費用で大きな損失を被ることにもなります。

 つまり、「自宅で矯正」はしてはいけないのです。

 そして、このサービスを展開する方にも警告します。歯並びを変えることをビジネスにしてはいけません。こんな「とんでもないサービス」は、ただちにやめるべきです。
(文=林晋哉/歯科医師)

こちらも併せてお読みください。
『歯列矯正は超危険!全身に深刻な副作用のおそれ…食事や口の開閉が困難になる例も』
『歯列矯正やマウスピース矯正で「噛み合わせ」がメチャクチャ…物が噛めなくなる事例多発』
『歯列矯正はやるべきか?矯正後に頭痛や視力低下、不眠で苦しむ人も』

林晋哉/歯科医師

林晋哉/歯科医師

1962年東京生まれ、88年日本大学歯学部卒業、勤務医を経て94年林歯科を開業(歯科医療研究センターを併設)、2014年千代田区平河町に診療所を移転。「自分が受けたい歯科治療」を追求し実践しています。著書は『いい歯医者 悪い歯医者』(講談社+α文庫)、『子どもの歯並びと噛み合わせはこうして育てる』(祥伝社)、『歯医者の言いなりになるな! 正しい歯科治療とインプラントの危険性』(新書判) 、『歯科医は今日も、やりたい放題』(三五館)、『入れ歯になった歯医者が語る「体験的入れ歯論」: -あなたもいつか歯を失う』(パブフル)など多数。

林歯科・歯科医療研究センター

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