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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オンラインでのオーケストラ演奏、タイムラグをどう解消?最先端技術とプロ演奏家の技

文=篠崎靖男/指揮者
オンラインでのオーケストラ演奏、タイムラグをどう解消?最先端技術とプロ演奏家の技の画像1
「Getty Images」より

 16世紀中期のイタリア・ヴェネチアで、弦楽器と管楽器が一緒に演奏するオーケストラが始まって以降、初めて世界中でオーケストラが止まっています。

 そういうと第二次世界大戦中もオーケストラどころではなかったのではないかと思われるかもしれませんが、たとえば、アメリカのニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現ニューヨーク・フィルハーモニック)は盛んに演奏し続けていました。また、ドイツのナチス党首アドルフ・ヒトラーは、本人の芸術好きもあり、ドイツのオーケストラを止めることはありませんでした。

 ニューヨーク・フィルハーモニックといえば、アメリカを代表する指揮者でミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の作曲家でもある、当時副指揮者だったレナード・バーンスタインがセンセーショナルなデビューをしたことが知られています。本番の指揮者であった大巨匠ブルーノ・ワルターが急病で当日キャンセルしたために、リハーサルなしで指揮台に上がったバーンスタインは、実は前の晩にしこたまお酒を飲んでおり、寝ていたところを電話で叩き起こされたのです。二日酔い状態で慌ててコーヒーハウスに行き、コーヒーをがぶ飲みしてからホールに駆けこんだにもかかわらず、今もなお語られる大成功となったわけですが、驚くことに、これも戦時中の1943年の出来事です。

 余談ですが、僕もロサンゼルス・フィルハーモニックの副指揮者時代、音楽監督のエサ=ペッカ・サロネンが、自宅からコンサート会場に向かう高速道路が大渋滞したために演奏開始時間に遅れ、代役を務めたことがありました。本番15分前にステージマネージャーから、「燕尾服は持ってる? すぐに着替えて」と言われたのです。

 副指揮者の仕事のひとつは、めったにないとはいえ、こういった指揮者の急なキャンセルに対応することもあり、いつも燕尾服は事務所に置いてありました。まさか使うことになるとは思ってはいませんでしたが、慌てて着替えて指揮台に上がり、1曲目だけ指揮をしたところで舞台袖に戻ってみたらサロネンは到着しており、頭をかいていました。そして、あとから団員に「レナード・バーンスタインと同じだね!」と冷やかされたのです。

オンラインでのオーケストラ、どうやってタイムラグを解消している?

 さて、今現在、新型コロナウイルスの影響でコンサートができない状況が続いています。僕も一日でも早くホールのステージに戻って、素晴らしいサウンドを皆さんに楽しんでいただきたいところですし、この状況が続くことはオーケストラをはじめとして音楽界全体の危機です。

 そして、オーケストラ楽員にとっては、こんなに長い期間、演奏ができなかった経験はなく、そのフラストレーションも限界に達しています。そんななか、日本を含めた世界中のオーケストラでは、インターネットを使って、さまざまな試みがなされています。

 最初にご紹介したいのは、1972年に小澤征爾氏によって創設された新日本フィルハーモニー交響楽団のオンラインでのオーケストラ演奏です。

 その企画名は「シンニチテレワーク部・テレワークオーケストラ演奏会」です。本来ならば、音楽をはじめとした人間の手でつくられることを基本としている芸術は、テレワークが不可能な業種ですが、それをわざとタイトルにして、オンラインでそれぞれの自宅につないだ楽員が一斉に演奏し、動画をYoutubeで公開。特に『テレワークでパプリカやってみた!』は120万回以上の再生回数で、今もなおその数を増やしているようです。

 同様の試みは世界でもさまざまな場所で行われており、ロックダウン中のフランスの名門・フランス国立管弦楽団が、自国作曲家ラヴェルの代表作『ボレロ』を演奏したり、オランダのロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団が、ベートーヴェン生誕250周年記念に合わせて、ベートーヴェンの『第九』を演奏して再生回数が240万回を突破したそうです。

 そんななか、3月に新型コロナウイルス検査が陽性だったと発表した、世界的ヴァイオリニストのアンネ=ゾフィー・ムターが、オンラインを使って演奏したことが話題となっています。多くの音楽ファンを驚かしたのは、感染を発表した翌日にマスク姿でヴァイオリンを弾き、オンラインでつながったロンドン・フィルハーモニー管弦楽団メンバーとベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏したことです。そして最後に「健康でいてください。手を洗ってください。マスクをしてください。そして近い将来、健康で幸せに会いましょう」とコメントをしました。この彼女の行動は、多くのコロナ感染者や、そのご家族を励ましていると思います。

 こんなことを可能にしているのは、やはり先進技術です。オーケストラがステージに一堂に集まって演奏する場合でも、大気中では音は秒速340mなので、15m離れたトランペット奏者とコンサートマスターの間では、0.044秒の時間のずれが生じます。そのくらいでも、普通は問題なく合奏できると思われるでしょうが、プロのオーケストラは、こんなほんの少しの差を調整しながら演奏しているのです。しかもオンラインとなれば、もっと難しくなります。

 皆さんもIP電話で友人と会話をしたり、会社でオンライン会議をしている時に時間差を感じることがあると思います。一般的なIP電話や遠隔会議システムの場合は、そもそも会話や会議を想定しているので、一定の遅れがあります。しかし、これでは合奏はできません。

 それには、技術の目覚ましい進歩がありました。遠隔地で演奏している人同士の、音のずれをなくし、高音質を可能にした音楽合奏用のソフトウェアの出現です。近年、インターネットの進化により、ネットワーク上の遅れがかなり少なくなってきていることもあります。そして、そこに最新技術や光回線などを組み合わせる、特にバッファ制御技術、記憶単位間のデータ通信において一時的にデータを記憶する技術が、ネットワーク上の通信の揺らぎを吸収し、できる限り音楽的に破綻せずに、ネットワーク上でのリアルタイムな合奏を実現したのです。

 今回、この音楽合奏用ソフトウェアが、演奏家に知られる機会になっているので、新型コロナ終息後も、世界の演奏家の音楽交流の可能性がますます広がっていくかもしれません。日本にいながら、アメリカ、ドイツ、オーストラリアの演奏家と一緒にジャズセッションを楽しみ、中国に入る友人たちに聴いてもらうこともできるわけです。

 とはいえ、やはりライブコンサートには到底及ばないことは確かです。演奏家と聴衆が同じ空気を吸いながら、お互いに音楽を共有し、コンタクトを取り合うことがライブの醍醐味で、いくら最先端技術を屈指しても、オンラインや録音ではそれを実現できないからです。そして、一日でも早く皆様の前で演奏したいというのは、僕だけでなく、すべての音楽家の強い思いです。楽しみにしていてください。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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