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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

オンラインでのオーケストラ演奏、タイムラグをどう解消?最先端技術とプロ演奏家の技

文=篠崎靖男/指揮者

 同様の試みは世界でもさまざまな場所で行われており、ロックダウン中のフランスの名門・フランス国立管弦楽団が、自国作曲家ラヴェルの代表作『ボレロ』を演奏したり、オランダのロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団が、ベートーヴェン生誕250周年記念に合わせて、ベートーヴェンの『第九』を演奏して再生回数が240万回を突破したそうです。

 そんななか、3月に新型コロナウイルス検査が陽性だったと発表した、世界的ヴァイオリニストのアンネ=ゾフィー・ムターが、オンラインを使って演奏したことが話題となっています。多くの音楽ファンを驚かしたのは、感染を発表した翌日にマスク姿でヴァイオリンを弾き、オンラインでつながったロンドン・フィルハーモニー管弦楽団メンバーとベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏したことです。そして最後に「健康でいてください。手を洗ってください。マスクをしてください。そして近い将来、健康で幸せに会いましょう」とコメントをしました。この彼女の行動は、多くのコロナ感染者や、そのご家族を励ましていると思います。

 こんなことを可能にしているのは、やはり先進技術です。オーケストラがステージに一堂に集まって演奏する場合でも、大気中では音は秒速340mなので、15m離れたトランペット奏者とコンサートマスターの間では、0.044秒の時間のずれが生じます。そのくらいでも、普通は問題なく合奏できると思われるでしょうが、プロのオーケストラは、こんなほんの少しの差を調整しながら演奏しているのです。しかもオンラインとなれば、もっと難しくなります。

 皆さんもIP電話で友人と会話をしたり、会社でオンライン会議をしている時に時間差を感じることがあると思います。一般的なIP電話や遠隔会議システムの場合は、そもそも会話や会議を想定しているので、一定の遅れがあります。しかし、これでは合奏はできません。

 それには、技術の目覚ましい進歩がありました。遠隔地で演奏している人同士の、音のずれをなくし、高音質を可能にした音楽合奏用のソフトウェアの出現です。近年、インターネットの進化により、ネットワーク上の遅れがかなり少なくなってきていることもあります。そして、そこに最新技術や光回線などを組み合わせる、特にバッファ制御技術、記憶単位間のデータ通信において一時的にデータを記憶する技術が、ネットワーク上の通信の揺らぎを吸収し、できる限り音楽的に破綻せずに、ネットワーク上でのリアルタイムな合奏を実現したのです。

 今回、この音楽合奏用ソフトウェアが、演奏家に知られる機会になっているので、新型コロナ終息後も、世界の演奏家の音楽交流の可能性がますます広がっていくかもしれません。日本にいながら、アメリカ、ドイツ、オーストラリアの演奏家と一緒にジャズセッションを楽しみ、中国に入る友人たちに聴いてもらうこともできるわけです。

 とはいえ、やはりライブコンサートには到底及ばないことは確かです。演奏家と聴衆が同じ空気を吸いながら、お互いに音楽を共有し、コンタクトを取り合うことがライブの醍醐味で、いくら最先端技術を屈指しても、オンラインや録音ではそれを実現できないからです。そして、一日でも早く皆様の前で演奏したいというのは、僕だけでなく、すべての音楽家の強い思いです。楽しみにしていてください。
(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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