ビジネスジャーナル > 企業ニュース > コロナ経済対策に無関係な支出混入
NEW
「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

コロナ緊急経済対策117兆円、明細不明で無関係な支出も混入…GDP底上げの効果なし

文=加谷珪一/経済評論家
コロナ緊急経済対策117兆円、明細不明で無関係な支出も混入…GDP底上げの効果なしの画像1
参議院予算委員会、新型コロナウイルス関連の緊急経済対策を盛り込んだ2020年度補正予算案の採決が予算委員会で行われ全会一致で可決(写真:日刊現代/アフロ)

 新型コロナウイルスの影響が深刻化していることから、政府は総額117兆円の経済対策をとりまとめた。だが、真水(まみず)と呼ばれる実際に政府が財政支出する金額は小さく、十分な効果を発揮しない可能性が高い。今回の危機では、どの程度の経済的損失が発生し、いくらの経済対策が必要なのか、そして今後の財政規律について考察する。

50兆円程度の経済対策がないと落ち込みをカバーできない

 政府はコロナの感染拡大を受けて2020年4月7日、7都府県を対象に緊急事態宣言を発令、16日にはこれを全国に拡大した。緊急事態宣言の期間は5月6日までだが、延長が確定しており、短期間で感染拡大を抑制するのは絶望的な状況となっている。

 外出や店舗営業の自粛で日本経済がマイナス成長に転落するのはほぼ確実だが、現実にはどの程度の金額になるのだろうか。

 GDPの中でもっとも比率が高い項目は個人消費である。家計調査の結果などから推定すると、家賃や食費、光熱費など絶対に減らせない支出の割合は約半分程度となっている。世帯によって違いはあるが、残りの消費は不要不急であり、支出の取りやめや繰り延べが可能とみてよい。

 こうしたデータから、外出自粛が1カ月間継続したと仮定すると、11兆から12兆円程度の家計消費が失われる計算になる。また企業の売上高も大幅に減少するため、新規の設備投資が凍結される可能性が高く、設備投資の金額にも影響する。とりあえず純輸出に大きな変化がないと仮定した場合、4~6月期のGDPは年率換算で20%以上下落する可能性が高い。

 次の四半期以降は感染拡大の状況次第だが、本格的な経済自粛が1カ月程度だった場合でも、2020年の通年では5~7%程度のマイナス成長になると考えられる。物価の影響を考慮せず、この数字をそのまま名目値にあてはめると、5%のマイナスにとどまった場合でも27.5兆円、7%のマイナスになった場合には38.5兆円のGDPが失われる計算だ。今、起こっている状況を総合的に判断した場合、やはり40~50兆円程度の支出がないと日本経済を支えることはできない。

政府の経済対策はハリボテ

 では、政府の対策はどうなっているだろうか。政府は総額117兆円の経済対策を打ち出しており、安倍首相は「世界最大級」と自画自賛している。だが、この経済対策の中身を検証すると、実際に政府が財政支出する、いわゆる真水(まみず)の金額が小さく、現実的には大きな効果を発揮しない可能性が高い。

 117兆円という数字は、事業規模の総額であり、この中には、企業に対する納税や社会保険料の支払い猶予(26兆円)、資金繰り支援に使われる財政投融資(約10兆円)が含まれている。納税や社会保険料の猶予はあくまで一時的なものであり、後で支払いが求められるし、貸付けも当然のことながら後日、返済しなければならない。企業にとって資金繰りを調整できる効果はあるが、財政的に見た場合、GDPの底上げには寄与しない。

 しかも、117兆円の中には今回の施策と関係ないものまで含まれている。政府は昨年、消費増税などに対応するため総額26兆円の経済対策を立案したが、その中でまだ執行されていない分(約20兆円)や、2020年3月にとりまとめた緊急経済対策の第1弾と第2弾(約2兆円)の金額も合算された。これらは今回の対策とは関係なく、見かけ上の金額を大きくするためとしか思えない。

 安倍首相は世界最大級という金額の大きさにこだわったとされており、とにかく見かけ上の金額を大きくすることが最優先された可能性が高い。今回の対策で現実にGDP拡大に効果があると思われるのは約18兆円程度(今回決定された個人への10万円給付を含む)、コロナの終息後に実施する旅行券といった施策を加えても28兆円程度である。政府は48兆円が真水と説明しているが、これは相当に拡大解釈したものであり、しかも旅行券といった施策は、現時点ではまったく効果を発揮しないので、実質的には20兆円弱といってよい。

 この金額は筆者の推定であり、多くの専門家も近い数字を提示しているが、なぜ推定になるのかというと、政府は今回の経済対策について金額の明細を提示していないからである。非常事態ともいうべき状況で立案された緊急経済対策に関して、どの項目にいくらの金額が使われるのか明示されないというのは、民主国家としてはあり得ないことである。金額もさることながら、すでに現政権は当事者能力を完全に失っていると判断せざるを得ないだろう。

日本はすでに消費主導型経済になっている

 政治的な問題はさておき、先ほど示した40兆円弱のGPDが失われるという現状に対して、現時点で政府が提示している施策では金額がまったく足りない。この事態を乗り切るためには、40~50兆円の金額を真水で提供できる大規模な経済対策が必要である。

 ここで重要となってくるのは、日本経済の基本構造の変化である。

 日本は輸出産業の設備投資で経済を成長させるという典型的な輸出主導型経済であった。だが製造業の輸出と、それに伴う工場などへの設備投資で国内所得を増やし、それが消費を拡大させるというメカニズムはすでに機能しなくなっている。

 日本のGDPに占める輸出の割合は18.5%しかなく、ドイツ(46.9%)はもちろんこと、一般的には輸出大国とは思われていないフランス(31.4%)よりも大幅に低い。日本の輸出比率は、世界最大の消費大国である米国(11.7%)に近く、日本はもはや消費主導型経済である。

 つまり国内消費が経済を主導し、消費の拡大によって所得を増やす構造になっている以上、成長のエンジンである個人消費を守ることが最優先課題になる。

 個人消費の中には、最低限の衣食住という必要不可欠な支出が含まれるので、ちょっとやそっとのショックでは消費のベースラインが減ることはない。だが、生活困窮者が増え、家計が広範囲に破壊されてしまうと、取り返しがつかないことになってしまう。

 つまり現時点で強化すべき政策は、家計を破壊しないための現金給付であり、中小零細事業者に対する資金援助も個人の生活を守るという点にフォーカスした上で、制度設計を行うべきである。需要そのものを増やし、消費を拡大するという政策はコロナが落ち着いてからでよい。

中長期的な財政バランスの維持は必須

 政府は今回の経済対策で個人に対して10万円を給付するが、この施策には12兆円程度の資金が必要となる。当初、計画された年収減少世帯に対する30万円の給付は批判が殺到して撤回されたが、今後、生活困窮者向けの支援策としては実施を再検討してもよいだろう。今回の10万円と、生活困窮者向け支援を合計した20兆円程度を、個人もしくは世帯に給付しなければ、家計を守ることは難しい。

 残りは、中小零細事業者の休業補償やコロナ社会に対応するためのインフラ投資などに充当するのがよいだろう。今後、事態がどう推移するのかわからないので、次年度以降については、状況を見ながら、再度、大型の施策を実施することも念頭に入れるべきである。

 問題となるのは財源だが、筆者は基本的に全額を赤字国債の発行で対応して問題ないと考える。現状は、量的緩和策によって金利は低く抑えられている。日銀が買い入れ目標を明確に示し、財務省が国債市場をしっかり制御すれば、現時点で50兆円、国債を増発することなど何の問題もないはずだ。

 だが、この話は野放図に財政を拡大してもよいという意味にはならない。

 いかなる時でも中長期的な財政バランスを保つことは健全な経済成長には欠かせない要素である。世の中では過大な政府債務の是非について、日本が破綻するといった極端な悲観論や、国債を引き受けているのは国内の投資家なので問題ないといった過度な楽観論ばかりが横行しているが、政府債務が抱える問題はそうした類いの話ではない。

 つい最近まで日本の長期国債は2%を超える水準で推移していたことを考えると、3%程度まで長期金利が上昇するという事態はいつ発生してもおかしくない。今の水準で金利が3%に上昇すれば、9年程度の時間的猶予はあるものの、最終的な政府の利払い費は27兆円にも達する。税収が59兆円しかない状況で、利払い費が27兆円になれば、日本政府はまともな予算は組めなくなり、財政出動どころの話ではなくなってしまう。

 また900兆円の政府債務を抱えたままで金利が3%に上昇すれば、インフレが加速し、円安も進むことになるだろう。財政出動が実現できない中、物価が上昇するので、日本経済には甚大な影響が及ぶことになる。過大な政府債務の問題は、日本が消滅するといった極論の話ではなく、もっと現実的で切実な問題を引き起こす可能性があるのだ。

 日銀は無制限に国債を買い入れることができるわけではなく、日銀の買い入れ余力がなくなったと市場が判断すれば、金利は確実に上昇する。こうした事態を防ぐためにも、中長期的な財政収支目標の設定は不可欠であり、政府はあたらな目標を定め、市場に対してしっかりとコミットする必要があるだろう。

(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

コロナ緊急経済対策117兆円、明細不明で無関係な支出も混入…GDP底上げの効果なしのページです。ビジネスジャーナルは、企業、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!